› 「癒しの島」から「冷やしの島」へ › 言論の自由2008年03月27日
沖縄でスローを考えるハチドリワークショップ
燃え盛る森にひとしずくの水を落としていく「ハチドリのひとしずく」は書籍化もされ、ご存知の方もいるかと思う。一定の知名度は得てきたようだ。このエクアドルの先住民族に伝わる話を主に環境問題に当てはめ、「私にできること」の実践を促しているのがNGOナマケモノ倶楽部。私も参加しているこの団体主催の「ハチドリワークショップ・インおきなわ」が、沖縄大学地域貢献室環境文化論講座第4回として16日(日)、那覇市の沖縄大学で行われ、約60名の参加者が集まった。
環境・文化・エコビジネスをテーマにしているナマケモノ倶楽部には、そのキーワードとして生産者との繋がりから始まるフェアトレード、マイ箸、マイバッグなどの利用をよびかけるzoony 運動、効率、成長優先ではなくあらゆる命を大切にするスロービジネス、電気を消してローソクの灯りで大切な時を過ごすキャンドルナイト、憲法9条の9を身近な生活に広めるための9LOVE(クラブ)、六ヶ所村核再処理施設稼動の問題をアーティストのパワーで情報発信するSTOP ROKKASHO、繋がりを取り戻すツールとしての地域通貨ナマケ、一人一人の心の豊かさを表すGNHなどがある。
活動紹介を終えた事務局長の馬場直子さんは「継続して取り組むことが社会を変えていく原動力。いっしょにナマケてみませんか」と、参加者に呼びかけた。
これに応じるように、既に沖縄で「ハチドリ的な」活動をしている個人、団体の活動紹介がされた。沖縄大学エコキャンパスクラブの与那嶺涼子さんは、使い捨て容器などゴミの削減を呼びかけるエコ学園祭の取り組みを紹介した。
県内複数の大学、専門学校から参加者がいるというアースフロッグスは、「学生の力で社会を変えよう」がモットー。NPOと協力して行政、企業に新しいメッセージを発信している。森田亜依子さんは学生による学生のためのマイバッグ普及活動について語った。
気候アクションセンターおきなわの渡嘉敷頼子さんは、省エネ家電の普及活動の紹介、環境学習で定評のある那覇市上原小学校の取り組みを他の小学校へも広めるためのパンフレット制作などについて語った。
糸満市で「みん宿ヤポネシア」を経営している福永貢介さんは「平和・自然・子供が宿のテーマであると同時に、自分たちの人生のテーマでもあります」と語った。宿で出す食事の食材は地産地消を心がけ、フェアトレードのコーヒーを提供しているという。
休憩明けには沖縄のラップアーティスト、カクマクシャカのミニライブで再開。一曲目の「この世界」で会場を盛り上げた後、「東京で活動している時、ナマケモノ倶楽部からインスプレーションをもらい、沖縄でも『100万人のキャンドルナイト』を実施した」とその繋がりを語った。その後もスピード、都市化をテーマにした「街の詩」などで、会場を独自の世界に引き込んだ。
その後「沖縄でのスローとは?」というタイトルで、カクマクシャカ、事務局長の馬場さん、私によるクロストークが行われた。最初に私が以下のように問題提起をした。
よく「温度差」と表現される沖縄と本土の意識の差の原因のひとつに、伝えら得るべき情報が伝わっていないことがあり、だからJanJanで市民記者として沖縄から情報発信をしている。
その代わり観光情報は溢れている。「癒しの島」「青い空・青い海・白い砂浜」「スローライフ」という。それらは本土側からの一方的な欲望の眼差しとして消費される。もちろん沖縄で生活している我々はこの島が「癒しの島」ではない現実を知っている。県民所得最下位、失業率一位、高い自殺率、米兵によるレイプ事件というようなその内実は「スローライフ」とはあまりにも程遠い。
ではナマケモノ倶楽部が掲げる「スロー」とはどういう意味か?世話人である辻信一さんの著書から引用すると、「文化というものをもう一度、『外なるもの』として構想し直す力を取り戻す」こと、とある。不登校、落ちこぼれなど「主流社会から始めからプラグしていない者たち」が、その具体的イメージだ。
これを読んで沖縄で「主流社会から始めからプラグしていない者たち」をイメージすると、例えば旧暦文化、共同売店、反基地運動、シマコトバ、・・・などが浮かび上がる。
カクマクシャカさんは「スローがブームになっているのは不思議。沖縄にいて『そこで金儲けができる』という雰囲気が伝わってくるのは変な気がする」とコメントした。
私はナマケモノ倶楽部の「~反対!」の先にあるオルタナティブな運動に賛同した上で、注意したいこととして、そのように楽しさを入口として入る人たちが、沖縄の反基地運動のような従来の運動スタイルに対するある種の偏見、マイナスイメージを持ち、現実として「~反対!」ばかりしているわけではない面もあるのにこれを避ける傾向があることを危惧した。
これに応じて馬場さんは「ナマケモノ倶楽部はSTOP ROKKASHOなどでも反対の意思表示をしている。特定の人の運動ではなくて、生活者自身の問題として常に間口を広げておくことが大事」と意見を述べた。
最後にこのクロストークを受けて参加者がグループに分かれ、ディスカッションをした。
あるグループからは「スローということと基地はどういう関係か?という問いかけがあり、スローは安心、安全、基地はびくびく、緊張状態であるから対局にある概念だろうという答えがあった」と発表した。
また別のグループからは「活動は楽しくなければいけないのか?という疑問がある。私の祖父は反戦地主で鉢巻をして運動をしてきた。そのスタイルが好きな人はそれでやればいいし、色々な選択肢があってこそのオルタナティブだろうということで納得した」と語った。
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やんばる」から見えるもの 自主講座で共有を
環境・文化・エコビジネスをテーマにしているナマケモノ倶楽部には、そのキーワードとして生産者との繋がりから始まるフェアトレード、マイ箸、マイバッグなどの利用をよびかけるzoony 運動、効率、成長優先ではなくあらゆる命を大切にするスロービジネス、電気を消してローソクの灯りで大切な時を過ごすキャンドルナイト、憲法9条の9を身近な生活に広めるための9LOVE(クラブ)、六ヶ所村核再処理施設稼動の問題をアーティストのパワーで情報発信するSTOP ROKKASHO、繋がりを取り戻すツールとしての地域通貨ナマケ、一人一人の心の豊かさを表すGNHなどがある。
活動紹介を終えた事務局長の馬場直子さんは「継続して取り組むことが社会を変えていく原動力。いっしょにナマケてみませんか」と、参加者に呼びかけた。
これに応じるように、既に沖縄で「ハチドリ的な」活動をしている個人、団体の活動紹介がされた。沖縄大学エコキャンパスクラブの与那嶺涼子さんは、使い捨て容器などゴミの削減を呼びかけるエコ学園祭の取り組みを紹介した。
県内複数の大学、専門学校から参加者がいるというアースフロッグスは、「学生の力で社会を変えよう」がモットー。NPOと協力して行政、企業に新しいメッセージを発信している。森田亜依子さんは学生による学生のためのマイバッグ普及活動について語った。気候アクションセンターおきなわの渡嘉敷頼子さんは、省エネ家電の普及活動の紹介、環境学習で定評のある那覇市上原小学校の取り組みを他の小学校へも広めるためのパンフレット制作などについて語った。
糸満市で「みん宿ヤポネシア」を経営している福永貢介さんは「平和・自然・子供が宿のテーマであると同時に、自分たちの人生のテーマでもあります」と語った。宿で出す食事の食材は地産地消を心がけ、フェアトレードのコーヒーを提供しているという。
休憩明けには沖縄のラップアーティスト、カクマクシャカのミニライブで再開。一曲目の「この世界」で会場を盛り上げた後、「東京で活動している時、ナマケモノ倶楽部からインスプレーションをもらい、沖縄でも『100万人のキャンドルナイト』を実施した」とその繋がりを語った。その後もスピード、都市化をテーマにした「街の詩」などで、会場を独自の世界に引き込んだ。その後「沖縄でのスローとは?」というタイトルで、カクマクシャカ、事務局長の馬場さん、私によるクロストークが行われた。最初に私が以下のように問題提起をした。
よく「温度差」と表現される沖縄と本土の意識の差の原因のひとつに、伝えら得るべき情報が伝わっていないことがあり、だからJanJanで市民記者として沖縄から情報発信をしている。
その代わり観光情報は溢れている。「癒しの島」「青い空・青い海・白い砂浜」「スローライフ」という。それらは本土側からの一方的な欲望の眼差しとして消費される。もちろん沖縄で生活している我々はこの島が「癒しの島」ではない現実を知っている。県民所得最下位、失業率一位、高い自殺率、米兵によるレイプ事件というようなその内実は「スローライフ」とはあまりにも程遠い。
ではナマケモノ倶楽部が掲げる「スロー」とはどういう意味か?世話人である辻信一さんの著書から引用すると、「文化というものをもう一度、『外なるもの』として構想し直す力を取り戻す」こと、とある。不登校、落ちこぼれなど「主流社会から始めからプラグしていない者たち」が、その具体的イメージだ。
これを読んで沖縄で「主流社会から始めからプラグしていない者たち」をイメージすると、例えば旧暦文化、共同売店、反基地運動、シマコトバ、・・・などが浮かび上がる。
カクマクシャカさんは「スローがブームになっているのは不思議。沖縄にいて『そこで金儲けができる』という雰囲気が伝わってくるのは変な気がする」とコメントした。
私はナマケモノ倶楽部の「~反対!」の先にあるオルタナティブな運動に賛同した上で、注意したいこととして、そのように楽しさを入口として入る人たちが、沖縄の反基地運動のような従来の運動スタイルに対するある種の偏見、マイナスイメージを持ち、現実として「~反対!」ばかりしているわけではない面もあるのにこれを避ける傾向があることを危惧した。
これに応じて馬場さんは「ナマケモノ倶楽部はSTOP ROKKASHOなどでも反対の意思表示をしている。特定の人の運動ではなくて、生活者自身の問題として常に間口を広げておくことが大事」と意見を述べた。
最後にこのクロストークを受けて参加者がグループに分かれ、ディスカッションをした。あるグループからは「スローということと基地はどういう関係か?という問いかけがあり、スローは安心、安全、基地はびくびく、緊張状態であるから対局にある概念だろうという答えがあった」と発表した。
また別のグループからは「活動は楽しくなければいけないのか?という疑問がある。私の祖父は反戦地主で鉢巻をして運動をしてきた。そのスタイルが好きな人はそれでやればいいし、色々な選択肢があってこそのオルタナティブだろうということで納得した」と語った。
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2008年03月20日
こんな声を聴いた その3 白い息吐き
カクマクシャカと話をしていると、「ビジネスとしての東京の音楽シーン」というような言葉がよく出てくる。当然それと対比されるのは「ビジネスだけでない沖縄の音楽シーン」だろう。
ただし前者が全てダメで後者が手放しで良いと razor sharp な彼がいっているわけではもちろんない。あるいはその逆をいっているわけでもない。
絶えずその双方の現場に立ち会いながら、往来を続ける彼の批評的態度、それこそ creative なのだ。
この日2曲目に披露された『街の詩』などは、それなしには生まれ得なかったといってよい。
沖縄では現象し難い「白い息吐き」行き交う人の群れを眺めながら「口笛」を吹く「俺」は、口笛を吹くというまさにその行為によって、そこからもそのスピードからもかろうじて自由であることができるようだ。
この街は東京に代表される都会の雑踏でもあるようだし、変貌を遂げる沖縄の都市部の風景といえなくもないし、あるいはどちらでもないのかもしれない。ただ、「俺」がとても孤独であることは間違いない。
ただその孤独がフォークの時代から表象されてきた地方から東京へ出てきた若者が訴える「都会の孤独」と明らかに違うのは、「俺」がトランスな空間に立っているから。
WSでのパフォーマンスで沖大講義室に還ってきた彼は、そこに居合わせた人たちをもその空間に誘った。
ただし前者が全てダメで後者が手放しで良いと razor sharp な彼がいっているわけではもちろんない。あるいはその逆をいっているわけでもない。
絶えずその双方の現場に立ち会いながら、往来を続ける彼の批評的態度、それこそ creative なのだ。
この日2曲目に披露された『街の詩』などは、それなしには生まれ得なかったといってよい。
急ぎ足 行き交う人の群れ 白い息吐き 俺は口笛
見上げた空は すぐ色を変え 何が欲しかったか 忘れちまう
沖縄では現象し難い「白い息吐き」行き交う人の群れを眺めながら「口笛」を吹く「俺」は、口笛を吹くというまさにその行為によって、そこからもそのスピードからもかろうじて自由であることができるようだ。
この街は東京に代表される都会の雑踏でもあるようだし、変貌を遂げる沖縄の都市部の風景といえなくもないし、あるいはどちらでもないのかもしれない。ただ、「俺」がとても孤独であることは間違いない。
ただその孤独がフォークの時代から表象されてきた地方から東京へ出てきた若者が訴える「都会の孤独」と明らかに違うのは、「俺」がトランスな空間に立っているから。
WSでのパフォーマンスで沖大講義室に還ってきた彼は、そこに居合わせた人たちをもその空間に誘った。 2008年03月19日
こんな声を聴いた(アレの話) その2
懇親会ではアースフロッグスの何人かから尋ねられた。
「話が難しくてよくわからないところがあった。表札の話(名前を強制的に大和化された話)と、それがスローを考えることとどう繋がるのか?」
私は時間の都合でカットした話の後半部分をかいつまんで話した。すると彼女たちもようやく納得がいった様子。
もう1人の彼女は、どうしても話したいのだといわんばかりに
「自分も親と普天間基地の人間の鎖に参加したことがあった。だけど話にあったような(シュプレヒコールに拳の運動スタイル)人たちばかりで入り難かった」
「だから私も基地問題には関心があるし心を傷めているのだ」と訴えかけているように私には思えた。
「アレの話」(by カクマクシャカ)を語る適切な言葉をまだ持っていない彼女たち。
「アレの話」に対して、どのように意思表示をしたらよいか、他のやり方でも良いのだと分かったとしたら・・・
入口はエコバッグでも良い
戦争こそ最大の環境破壊であることをいずれ分かってもらえたら
そうすれば
アレの話はやめとこう にはならないだろう
「話が難しくてよくわからないところがあった。表札の話(名前を強制的に大和化された話)と、それがスローを考えることとどう繋がるのか?」
私は時間の都合でカットした話の後半部分をかいつまんで話した。すると彼女たちもようやく納得がいった様子。
もう1人の彼女は、どうしても話したいのだといわんばかりに
「自分も親と普天間基地の人間の鎖に参加したことがあった。だけど話にあったような(シュプレヒコールに拳の運動スタイル)人たちばかりで入り難かった」
「だから私も基地問題には関心があるし心を傷めているのだ」と訴えかけているように私には思えた。
「アレの話」(by カクマクシャカ)を語る適切な言葉をまだ持っていない彼女たち。
「アレの話」に対して、どのように意思表示をしたらよいか、他のやり方でも良いのだと分かったとしたら・・・
入口はエコバッグでも良い
戦争こそ最大の環境破壊であることをいずれ分かってもらえたら
そうすれば
アレの話はやめとこう にはならないだろう
アレの話(はやめとこう)
平和、平等が支配する日本 Tabooな話はしないのが基本
食えなくなったって良いなら話しな 家族がいるなら絶対なしだ
(by カクマクシャカ)
2008年03月18日
こんな声を聴いた その1
ハチドリワークショップ後半の問題提起を私は仕掛けた。
この5年間の沖縄生活で私に沁みついた思いのカケラたちが、
どうにかして形にしてくれと私を追い立てる。
私はそれをどうにか形にして表に出さなければならなかった。
そうすることによって、とりあえずこの先もここにいられる、
そんな思いに囚われながら。
この essay=試みは、図らずも「オキナワからヤマトをヤマトからオキナワを読む」というこのブログのアリバイと重なった。
その仕掛けへのレスポンスを確認したい。
ーーーーーーーーーーーーー
ディスカッションに入ろうと各グループに分かれてザワザワとしていた時に、1人のご婦人に声をかけられた。
「この後約束があるので帰らなければならない。だけどどうしてもいいたいので」こちらを見据えた彼女の表情には強い意志が感じられた。
「あなたの話を聴いてとても感動した。わたしが長年感じていたことを、あんなに分かりやすい言葉で話してくれて驚いている。わたしは宮古出身で、本土にも10年ほど住んでいた。今はうるま市に住んでいる。みんな分かっているのに今日のような話をしているのを聴いたことがない。あなたのような人が沖縄にいるとは・・・」
私は恐縮したが、ディスカッションのファシリテーターを任されているので、そのままじっくり話しを聴くことができない。
「よかったら少しでも参加しませんか?」と誘うと、彼女は応じた。
自分を含めて7人のグループ。まずは一人一人簡単に自己紹介してもらう。彼女は自分の順番が来たら、再び私の話がいかに素晴らしかった、思いのたけを吐き出した。そして言いたいだけ言い終えると、「それでは失礼します」といって去っていった。
名前を尋ねて返ってきたその名から思い出した。どうもどこかで見たことがあるような気がしていたのだ。ミニシアター支配人の仕事を辞め、プラプラしていた時、知り合いから声をかけられ参加した、ある教育系の集まり。その場に彼女もいたのだ。
その日は映画『与那国カウボーイズ』の試写をしながら、広く教育とは?をゆんたくするという内容だった。鑑賞し終わった後、それぞれが感想を述べるのだが、「自分は宮古出身なので、似たような環境から主人公が育っていくようで人事とは思えない」といっていたのが印象的で覚えていたのだ。
Zさん、またどこかでお会いしましょう。
このシマなら必ず会えるはず。
この5年間の沖縄生活で私に沁みついた思いのカケラたちが、
どうにかして形にしてくれと私を追い立てる。
私はそれをどうにか形にして表に出さなければならなかった。
そうすることによって、とりあえずこの先もここにいられる、
そんな思いに囚われながら。
この essay=試みは、図らずも「オキナワからヤマトをヤマトからオキナワを読む」というこのブログのアリバイと重なった。
その仕掛けへのレスポンスを確認したい。
ーーーーーーーーーーーーー
ディスカッションに入ろうと各グループに分かれてザワザワとしていた時に、1人のご婦人に声をかけられた。
「この後約束があるので帰らなければならない。だけどどうしてもいいたいので」こちらを見据えた彼女の表情には強い意志が感じられた。
「あなたの話を聴いてとても感動した。わたしが長年感じていたことを、あんなに分かりやすい言葉で話してくれて驚いている。わたしは宮古出身で、本土にも10年ほど住んでいた。今はうるま市に住んでいる。みんな分かっているのに今日のような話をしているのを聴いたことがない。あなたのような人が沖縄にいるとは・・・」
私は恐縮したが、ディスカッションのファシリテーターを任されているので、そのままじっくり話しを聴くことができない。
「よかったら少しでも参加しませんか?」と誘うと、彼女は応じた。
自分を含めて7人のグループ。まずは一人一人簡単に自己紹介してもらう。彼女は自分の順番が来たら、再び私の話がいかに素晴らしかった、思いのたけを吐き出した。そして言いたいだけ言い終えると、「それでは失礼します」といって去っていった。
名前を尋ねて返ってきたその名から思い出した。どうもどこかで見たことがあるような気がしていたのだ。ミニシアター支配人の仕事を辞め、プラプラしていた時、知り合いから声をかけられ参加した、ある教育系の集まり。その場に彼女もいたのだ。
その日は映画『与那国カウボーイズ』の試写をしながら、広く教育とは?をゆんたくするという内容だった。鑑賞し終わった後、それぞれが感想を述べるのだが、「自分は宮古出身なので、似たような環境から主人公が育っていくようで人事とは思えない」といっていたのが印象的で覚えていたのだ。
Zさん、またどこかでお会いしましょう。
このシマなら必ず会えるはず。
2008年03月17日
草稿 沖縄で改めてスローを考える
昨日のハチドリワークショップは盛況のうちに終わった。
JanJanに近々記事をアップする予定です。
オイラの問題提起部分は時間が押し、後半部分をカットせざるを得なかった。
以下に全原稿をアップします。
ーーーーーーーーーーーーー
【草稿】沖縄で改めてスローを考える
みなさんこんにちは。那覇市に住んでいるナマケモノ倶楽部会員の24wackyといいます。職業はフリーのライターをしています。インターネット新聞JanJanに沖縄在住記者として週一ペースで記事を書いています。
ナマケモノ倶楽部に入ったきっかけ
僕がナマケモノ倶楽部に入ったのは2001年春でした。この頃ナマケモノクラブの活動拠点のようなスペースが東京国分寺に生まれました。カフェスローという名前のカフェなのですが、単なるカフェではなく、様々な情報発信の場であり、様々な人が出会う場であり、イベントをする場であり、ブラジル、エクアドルなどの生産者との繋がりからフェアトレードで取引したオーガニックコーヒー、そのとても美味しいコーヒーを飲みながら南北問題について知るきっかけになる場であり、ストローベイルというエコロジカルな素材を内装に使った居心地のいい場であります。
ぼくは当時隣の国立市というところに住んでいて、このお店の噂を聞きつけ通うようになりました。そして会員になった、というのがそもそもの話です。ぼくはそこで仲間たちと環境系の読書会とか、地域通貨のイベントとか、スロームービーシアターという映画の上映会などをやったりしていました。だからナマケモノ倶楽部の活動に積極的に関わっていたというより、カフェスローという魅力的な場所でなにやら楽しいことをやっていた、という方が正しいと思います。そして何を隠そう沖縄に来る前の半年間、カフェスロー3階の屋根裏部屋に住んでいました。
沖縄へ来てからの活動
その後今から5年前に沖縄に来ました。沖縄に来るにあたっていろいろとやりたいことがありましたが、その中に「ナマケモノ倶楽部の活動を広めたい」というのがありました。でも結論を先に言うと、現在までナマケモノ倶楽部の活動を広めることはやってきませんでした。それはどうしてか?ということが、今日のワークショップ後半のテーマと実は繋がってきます。
といってもまったくやってこなかったわけではなくて、関連することは多少やってきました。ウィンドファームのコーヒーを取り扱ってもらえるよう、目をつけたカフェに頼んでみるとか。実際何件か扱ってもらっています。「わたしにできること」を100冊注文して様々な場所で広めました。カフェにおいてもらたっり、幼稚園の絵本の読み聞かせで読んでみたり。ナマケモノ倶楽部の会員でもあるピアニスト、重松壮一郎のコンサートのサポートを何度かやりましたが、ウィンドファームのコーヒーを出すことと、ハチドリのはなしをすることは必ずやりました。
重松壮一郎のように、県外で活動をしている様々な人たちが活動を広めるために沖縄に来ます。そういった人たちのサポートをするということを何度となくやってきました。そのいくつかを紹介します。
青森県六ヶ所村核燃料再処理施設の危険性を音楽で全国に広めようと活動するCyclub。
これは糸満でのライブのレポートです。
ぼくは最後の方でこう書きました。
つまり、本土から一方的に情報を伝えるだけでなく、沖縄に足を踏み入れたからには、沖縄の問題も知った上でそれを本土へ持ち帰ってほしいということです。
もう1人、六ヶ所村の問題を伝えて全国を廻っているトミタタカフミさんという方がいます。彼は映画『六ヶ所村ラプソディ』の自主上映会を通じ、ナビゲーターとして活動しています。彼は1年半の間に沖縄に3回来ていて、ぼくもサポートをしてきました。彼が同じ映画の上映で一度ならず沖縄へ来る理由は、もちろん本格的稼動が迫るこの問題をリアルタイムで伝えたいという思いがあるでしょうが、同時に彼自身が沖縄の問題を常に肌で感じたいという強い思いがあるのだろう、とそばで見ていて感じました。そしてそれは回を追うごとに強くなっているように見えます。
昨年11月「虹の祭り」というイベントが奈良でありました。ナマケモノ倶楽部世話人の中村隆市さん、辻信一さんも出演し、ハイライトは来日していたセヴァン・スズキのスピーチで盛り上がりました。そしてこのイベントにはCyclub、トミタタカフミさんも出演していました。Cyclubはこのステージで未完成の新曲を披露してくれました。Ring of Fire というその曲は沖縄滞在時に作った曲だそうです。辺野古、高江という固有名詞が出てくる基地問題を扱った曲です。
そして同じステージでトミタタカフミさんは、六ヶ所村の話といっしょに沖縄の基地問題を紹介していました。
彼らにとって沖縄へ来る前は六ヶ所村の問題をいかに知ってもらうかが重要だったのですが、実際沖縄へ来て基地問題というその現実に衝撃を受け、新たなミッションとしてこの問題に取り組む、全国へ広めるということを加えざるを得なかったのです。
根は同じか?
彼らは共通して同じことをいっていました。「六ヶ所村の問題も沖縄の基地問題も根は同じである」と。ここからが大事なことなのでよく聴いて下さい。ぼくはそれに対してこう答えます。「根は同じであって、同時に同じでない」と。そしてこれが先ほどの「どうしてこれまでナマケモノ倶楽部の活動を広めることをやってこなかったのか?」に対する答になります。
「根は同じ」という意味は、彼らがいっているであろうことと同じ意味、国家や資本制経済といった大きな力が強いる構造的な問題こそが根であり、それは六ヶ所村であれ沖縄の基地問題であれ同じであると。
では「根は同じではない」とはどういうことでしょうか?六ヶ所村で再処理工場に反対する運動をしている人たちが実際感じるプレッシャーというのは、国家や資本制経済といった大きな力でしょう。国家にしても資本制経済にしても目に見えないものです。だからどう立ち向かっていけばいいのか分からない、得体の知れないところがあります。一方沖縄のひとびとから見て、米軍基地に反対する場合、その相手はフェンスの向こう側にいるアメリカ軍であり、そしてそれ以上にそれを押し付けている日本、日本人というようにはっきりと目に見える存在です。つまり沖縄のひとびとにとって「根は同じではない」のです。そしてこれは、沖縄と日本の関係性に因る認識の問題です。
沖縄と日本は対等な立場ではない
ここで昨年訪れたある町のスナップをお見せします。

どこだか分かりますか?



大阪の大正区というところが沖縄出身者のコミュニティであることはぼくなどがいうまでもなく皆さんご存知かと思います。

この写真が何を意味するか…さんは分かりますか?
明治国家は近代化の過程で独立国家である琉球を組み込みました。そして徹底した皇民化教育、方言撲滅、生活習慣の「大和化」を強制しました。沖縄独自の名前も読み難いからという理由で大和風に変えられました。仲村梁(ナカンダカリ)を仲村に、島袋(シマブク)を島に改めたり、金城(カナグスク)の呼称を「きんじょう」に、というように。同じようにツハさんは日本社会に受け入れられるためにツナミという音声言語に名前を変更したのです。この表札から読み取るべきなのは、そうせざるを得なかったツハさんが日本社会で生活してきた歴史の過酷さであり、日本の植民地政策であり、沖縄と日本の対等でない関係、それは清算された過去の出来事ではなく現在まで続いている問題であります。「根は同じではない」ということを別の言葉で言い換えると、沖縄と日本は対等な立場ではない、ということになります。
ところで環境問題や平和を訴えることは普遍的なことだと思われています。沖縄であれ秋田であれ東京であれどこであれ、それらは共通する課題であると見なされます。これら「普遍的」な問題を訴えに、広めに、啓蒙しに、沖縄には県外から様々な個人や団体がやってきます。ここで気をつけたいのは、普遍的なことを啓蒙するためには、あらかじめその相手との間に共有できるコードがあることが前提となっているはず、ということです。「このテーマは普遍的なものだからきっと分かってもらえる」と。
このような啓蒙者が陥りやすいのは、相手との関係が対等ではないのに、それが見えず、あるいは見ないふりをして対等であるかのように振舞う、装うことです。対等でないことに自覚的なのは常に踏みつけられている者で、踏みつけている側はそれを知らずにすみます。そういう者ほど相手に共有するコードがあると信じて疑わず、対等でないなどとは思いもよりません。これを「無知の権力性」と呼びます。
私は沖縄と日本の間に共有するコードはあると思うし、環境問題や平和の問題など普遍的な問題は、沖縄も日本も違いはないと思います。それについて啓蒙することもできるし、沖縄と日本が繋がることもできると信じています。ただ、それをする前に、まず対等でないという現実を踏みつけている側が知ることが不可欠であり、知った上で対等になるような実践をすること、そのことで初めて両者が対等になる条件が揃うのだと思っています。だからぼくは、ナマケモノ倶楽部の活動を広めるという「普遍的な」活動をすることを控えたのです。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これは私から事務局へのメッセージです。ハチドリワークショップは今回全国数箇所を廻り、最終地がここ沖縄だったわけです。恐らく他の地域では、前半行ったようなものと似た内容が行われたのではないでしょうか。それからすると後半のテーマというのは、ちょっとズレている。そのことに恐らく事務局は不審に思っているかもしれません。今回私は意図的にずらしたのです。そのような内容のワークショップをやることはもちろん意義のあることだと思いますが、その前にやることがあるだろうと。最初にこのテーマをやっておかないと、これまで話をした理由から沖縄とナマケモノ倶楽部は繋がらないだろうと危機感を持ったのです。そしてそれがナマケモノ倶楽部と沖縄を繋ぐ媒体としての私の倫理、あるいは責任だと感じました。
それではようやく本題に入ります。冒頭で私の仕事について触れましたが、この仕事を始めた動機をお話しさせていただくことによって、今回のテーマに話を?げていこうと思います。
JanJanは「市民の市民による市民のためのメディア」というキャッチコピーを掲げています。プロの新聞記者ではない一般の「市民記者」が、メジャーメディアとは違った切り口で情報を発信するこのスタイルは、メジャーメディアへの批判精神が根底にあります。メジャーメディアは伝えるべき情報を必ずしも伝えていない、という批判精神が。
この「伝えるべき情報が伝わっていない」ということでいうと、沖縄の情報こそ最も当てはまるのではないだろうか?と本土出身の者として切実に感じます。基地問題を中心とした様々な深刻な問題は、驚くほど本土の新聞、テレビなどでは報道されることが少ない。これは大きな問題です。なぜなら、沖縄の基地問題は沖縄という地域のローカルな問題などでは決してなく、日本の、いや広くいえばアメリカという巨大な軍事国家が制する世界的な問題だからです。
沖縄と本土の「温度差」とよくいわれます。いくつかある原因の一つが「伝えるべき情報が伝わっていない」ことに起因すると私は思っています。その代わり、観光情報は溢れています。「癒しの島」「青い空・青い海・白い砂浜」「スローライフ」という。それらは本土側からの一方的な欲望の眼差しとして消費されます。もちろん沖縄で生活している我々はこの島が「癒しの島」ではない現実を知っています。県民所得最下位、失業率一位、高い自殺率、米兵によるレイプ事件というようなその内実は「スローライフ」とはあまりにも程遠いものです。
一方ナマケモノ倶楽部には「スロー」というコンセプトがあります。先日友人に「今度ナマケモノ倶楽部のワークショップを沖縄でやるんだ」と伝えたところ、「ナマケモノ倶楽部って、あのスローライフのでしょ」という返事が即座に返ってきました。その返事からは沖縄が表面的なスローライフブームの対象にされてきたことへの違和感のようなものが私には感じられました。
おきなわスロー
ではナマケモノ倶楽部のいう「スロー」とは果たしてそういう意味でしょうか?
ここでナマケモノ倶楽部世話人・辻信一さんの著書「スロー・イズ・ビューティフル」から引用します。
ここで一番重要な点は、文化というものをもう一度、「外なるもの」として構想し直す力を取り戻すという箇所です。ちょっと難しいことをいっているようですが私なりに解釈すると、国家や資本の埃にまみれたシャツを洗濯してみると、そのシャツがそれまでとは違ったシャツに見えてくる、というようなことです。例えば不登校というのは学校に馴染めず通えなくなる、つまり脱落者のマイナスイメージですが、競争社会、管理社会に適合できなかった健康的な人というポジティブな見方も可能です。
次に「主流社会から始めからプラグしていない者たち」ということで連想される沖縄のイメージを私なりに続けてみます。そもそも「沖縄」それ自体がこの中に入るという気もしますが、そういったら沖縄の人は怒るでしょうか?この場合「主流社会」というのはヤマトゥを指すでしょう。とにかく挙げてみます。旧暦文化、共同売店、反基地運動、イノー、シマコトバ、スージグヮ・・・
一方本土の「沖縄好き」が口にする沖縄文化とは例えば以下の通りです。青い空・青い海、三線、エイサー、ウチナーグチ、オジイ・オバア、聖地、ナンクルナイサー・・・。もともと固有の文化だったこれらは、観光という欲望の消費者=ヤマトーンチュによって、差異を「発見」され、適当に捏造され、資本制の「商品」となります。さらに売るものの少ない沖縄自身がこれら「売れる」商品の再生産に加わります、自らの身体さえ差し出して。
これらいったん国家や資本の埃にまみれ手垢のついた沖縄の文化を構想し直すことは可能か?構想し直すのは誰がするのか?文化を構想し直すとはどのような作業をいうのか?
ナマケモノ倶楽部のユニークな運動のひとつに「ズーニー運動」というものがあります。HPからまた辻さんの言葉を引用させて下さい。
自動販売機やコンビニで缶やペットボトルの飲み物を買わずに水筒を持ち歩く。割り箸を使わずにマイ箸を使う。買い物にはレジ袋を使わずにマイバッグを愛用する、などがその具体例です。マイ箸にしてもマイバッグにしてもそれぞれなんら目新しいものではありません。以前から環境に関心の高い人々の間では半ば常識でさえありました。今日この会場にお越しの方々の中には「そんなことはとっくの昔にやっている」という方もいらっしゃるでしょう。
ナマケモノ倶楽部はそれらを限られた一部の人たちのものから、幅広い層に広げる努力をしています。自ら商品開発をし、若者にもお洒落と感じる「カワイイ」商品に仕上げ、ライフスタイルの一部にしようというのが目的です。このあたりが「文化を構想し直すこと」ではないかと捉えています。
一方「反対!」をずーーっといい続けてきたのが沖縄の反基地運動です。わたしは東村高江で行われている米軍ヘリパッド建設に対する座り込みによる阻止行動に昨年来参加してきました。そこで「反対!」だけではない多様な形の運動が生起するのをこの目で見てきました。
高江で阻止行動をしている人たちのほとんどはそれまで反対運動というものをしたことがない人たちでした。そして従来の反対運動のスタイルーー鉢巻にタスキ、幟を立てコブシを上げ「はんたーい!」というスタイルに違和感を持っていました。なるべくならそういう形を避けたい、というのが彼らの本音だったはずです。ところがいかんせん彼らだけでは少人数ゆえ阻止できません。高江以外からも支援が必要です。その支援者の中には運動のベテランたちがいます。運動のやり方を知らない高江の人たちはベテランのやり方にある程度従わなければなりません。これは7月2日の日付、座り込み初日の模様です。


「反対!」とやらされていますが(笑)、よく見るとこのへんの人たちはコブシを挙げていませんね。全体的にいやいややっている感じが出ています。
この音頭をとっているのは平和運動センターの山城さんという方で、私は“ミスター・シュプレヒコール”と呼んでいます。この方のスタイルは古典的な反対運動のスタイルといって良いかと思いますが、古典の中にも時にユニークなパフォーマンスを見せてくれます。
山城さんは団体からたった一人で、初日以来長い期間泊り込みで阻止行動を続けました。山城さんの熱意に打たれた高江の人たちは徐々に山城さんのスタイルを受け入れるようになりました。また山城さんにとっても、高江の人たちはそれまで会ったことがないタイプの新しい人たちと映り、新鮮さを感じたようで「ここにいるのが楽しくて仕方ない」といっていました。
座り込みに参加している人たちにも生活があります。お母さんにはお母さんの仕事があります。座り込みと日々の仕事と両立しなければならなくなりました。女の生活の知恵というのは素晴らしいもので、洗濯物を座り込みのゲートに干すようになります。ここには「ズーニー運動」に通じる楽しいオルタナティブな運動があります。
「ヘリパッドいらない」住民の会の人たちの多くが、高江の自然に魅せられ移り住んできた人たちです。無農薬農家、工芸家、手作りカフェの経営者などなど。物質的な豊かさを求めずに自然に囲まれた生活を選んだ人たちといってよいでしょう。つまり「ズーニー運動」を実践して高江で生活していたら、新たなヘリパッド建設の問題に直面したわけです。そこで彼らはヘリパッド建設を受け入れずに独自のスタイルで反対運動を始めたのです。これも「ズーニー運動」です。彼らこそ「スロー」といってよい。決して「反対!」ばかりいっているわけではありません。
ところがそういう彼らをマスコミはどう表現するか?
「反対派」と一言で片付けます。「反対派」という言葉からみなさんはどんなことを想像されるでしょうか?「サヨク」、なにかよからぬことを企んでいそうな危険人物、反対ばかりしている非現実的で依怙地な人たち・・・こんなところでしょうか。ところで「反対派」と短く書くとき、誰にとっての「反対派」なのでしょうか?一見中立的な立場を装った見出しの書き手は、事業を推し進めようとしている国家の立場を代弁していないでしょうか?意図的なものかそうでないかは別として、このような情報操作ともいえることが、沖縄のメディアでさえ行われていることはどんなことをもたらすか?
「反対」することがあたかも悪いこと、主流ではないこと、無前提にけしからんことと世間がみなすようになることです。これは恐ろしいことです。このような風潮が蔓延したとき、既に戦時下に入っているといってよいと思います。沖縄では選挙のたびに保守政治家が革新側を批判する言葉として、「反対ばかりいって現実的でない」と批判します。なんとなく同意見の人も少なくないのではないでしょうか?
「ズーニー運動」をしている人、あるいはそれに魅力を感じる人というのは、先ほど例に出した従来の運動スタイルに抵抗がある。「でも社会の様々な問題に対して、このままではいけない、自分も何かしたい」というような人が多いのではないでしょうか?私もそのうちの1人ですが、ここで一言注意を促したいのは、このような情報操作に影響されて、「非政治化」しないでほしいということです。「反対!反対!といっていても基地は無くならない。それよりお洒落なエコバッグを持つ方がかっこいい、というように。「zoonyは、否定の先へと進みでること」とありますが、かといって否定を忌避すべきではないでしょう。「反対」すべき時は正々堂々と「反対」すべきです。高江の座り込み運動に参加して気づいたことはそういうことです。
たまたま基地問題に焦点を当てましたが、もちろんそれ以外のことにもいえるでしょう。みなさん一人一人が関心を持つ身の回りの文化を構想し直す、あるいは「~せずに・・・する。」このように、沖縄での「スロー」を構想し直すことは愉しい作業ではないでしょうか?
JanJanに近々記事をアップする予定です。
オイラの問題提起部分は時間が押し、後半部分をカットせざるを得なかった。
以下に全原稿をアップします。
ーーーーーーーーーーーーー
【草稿】沖縄で改めてスローを考える
みなさんこんにちは。那覇市に住んでいるナマケモノ倶楽部会員の24wackyといいます。職業はフリーのライターをしています。インターネット新聞JanJanに沖縄在住記者として週一ペースで記事を書いています。
ナマケモノ倶楽部に入ったきっかけ
僕がナマケモノ倶楽部に入ったのは2001年春でした。この頃ナマケモノクラブの活動拠点のようなスペースが東京国分寺に生まれました。カフェスローという名前のカフェなのですが、単なるカフェではなく、様々な情報発信の場であり、様々な人が出会う場であり、イベントをする場であり、ブラジル、エクアドルなどの生産者との繋がりからフェアトレードで取引したオーガニックコーヒー、そのとても美味しいコーヒーを飲みながら南北問題について知るきっかけになる場であり、ストローベイルというエコロジカルな素材を内装に使った居心地のいい場であります。
ぼくは当時隣の国立市というところに住んでいて、このお店の噂を聞きつけ通うようになりました。そして会員になった、というのがそもそもの話です。ぼくはそこで仲間たちと環境系の読書会とか、地域通貨のイベントとか、スロームービーシアターという映画の上映会などをやったりしていました。だからナマケモノ倶楽部の活動に積極的に関わっていたというより、カフェスローという魅力的な場所でなにやら楽しいことをやっていた、という方が正しいと思います。そして何を隠そう沖縄に来る前の半年間、カフェスロー3階の屋根裏部屋に住んでいました。
沖縄へ来てからの活動
その後今から5年前に沖縄に来ました。沖縄に来るにあたっていろいろとやりたいことがありましたが、その中に「ナマケモノ倶楽部の活動を広めたい」というのがありました。でも結論を先に言うと、現在までナマケモノ倶楽部の活動を広めることはやってきませんでした。それはどうしてか?ということが、今日のワークショップ後半のテーマと実は繋がってきます。
といってもまったくやってこなかったわけではなくて、関連することは多少やってきました。ウィンドファームのコーヒーを取り扱ってもらえるよう、目をつけたカフェに頼んでみるとか。実際何件か扱ってもらっています。「わたしにできること」を100冊注文して様々な場所で広めました。カフェにおいてもらたっり、幼稚園の絵本の読み聞かせで読んでみたり。ナマケモノ倶楽部の会員でもあるピアニスト、重松壮一郎のコンサートのサポートを何度かやりましたが、ウィンドファームのコーヒーを出すことと、ハチドリのはなしをすることは必ずやりました。
重松壮一郎のように、県外で活動をしている様々な人たちが活動を広めるために沖縄に来ます。そういった人たちのサポートをするということを何度となくやってきました。そのいくつかを紹介します。
青森県六ヶ所村核燃料再処理施設の危険性を音楽で全国に広めようと活動するCyclub。
これは糸満でのライブのレポートです。
ぼくは最後の方でこう書きました。
ライブの情報を知らずに昼ごはんを食べにきた男性客の1人は、そばを食べる手を休めパフォーマンスに集中した。「活動はよく理解できた。がんばってほしい。同時に沖縄の基地問題も感じて下さい」と客席からエールを送った。沖縄ならではの反応だろう。通常こういうケースでよくある反応が「このような事実があることを初めて知って驚いた」と自ら反省するパターンだ。沖縄の側からすれば「それはそうだろうが、そういうあなたは沖縄の問題をどれくらい知っているのか?」と問い返す「戦後」の経験を持っている。サイクラブ☆にはこのレスポンスを新たな糧として、六ヶ所村に加えて沖縄の問題も本土へ伝えるべく音の旅を続けて欲しい。
つまり、本土から一方的に情報を伝えるだけでなく、沖縄に足を踏み入れたからには、沖縄の問題も知った上でそれを本土へ持ち帰ってほしいということです。
もう1人、六ヶ所村の問題を伝えて全国を廻っているトミタタカフミさんという方がいます。彼は映画『六ヶ所村ラプソディ』の自主上映会を通じ、ナビゲーターとして活動しています。彼は1年半の間に沖縄に3回来ていて、ぼくもサポートをしてきました。彼が同じ映画の上映で一度ならず沖縄へ来る理由は、もちろん本格的稼動が迫るこの問題をリアルタイムで伝えたいという思いがあるでしょうが、同時に彼自身が沖縄の問題を常に肌で感じたいという強い思いがあるのだろう、とそばで見ていて感じました。そしてそれは回を追うごとに強くなっているように見えます。
昨年11月「虹の祭り」というイベントが奈良でありました。ナマケモノ倶楽部世話人の中村隆市さん、辻信一さんも出演し、ハイライトは来日していたセヴァン・スズキのスピーチで盛り上がりました。そしてこのイベントにはCyclub、トミタタカフミさんも出演していました。Cyclubはこのステージで未完成の新曲を披露してくれました。Ring of Fire というその曲は沖縄滞在時に作った曲だそうです。辺野古、高江という固有名詞が出てくる基地問題を扱った曲です。
そして同じステージでトミタタカフミさんは、六ヶ所村の話といっしょに沖縄の基地問題を紹介していました。彼らにとって沖縄へ来る前は六ヶ所村の問題をいかに知ってもらうかが重要だったのですが、実際沖縄へ来て基地問題というその現実に衝撃を受け、新たなミッションとしてこの問題に取り組む、全国へ広めるということを加えざるを得なかったのです。
根は同じか?
彼らは共通して同じことをいっていました。「六ヶ所村の問題も沖縄の基地問題も根は同じである」と。ここからが大事なことなのでよく聴いて下さい。ぼくはそれに対してこう答えます。「根は同じであって、同時に同じでない」と。そしてこれが先ほどの「どうしてこれまでナマケモノ倶楽部の活動を広めることをやってこなかったのか?」に対する答になります。
「根は同じ」という意味は、彼らがいっているであろうことと同じ意味、国家や資本制経済といった大きな力が強いる構造的な問題こそが根であり、それは六ヶ所村であれ沖縄の基地問題であれ同じであると。
では「根は同じではない」とはどういうことでしょうか?六ヶ所村で再処理工場に反対する運動をしている人たちが実際感じるプレッシャーというのは、国家や資本制経済といった大きな力でしょう。国家にしても資本制経済にしても目に見えないものです。だからどう立ち向かっていけばいいのか分からない、得体の知れないところがあります。一方沖縄のひとびとから見て、米軍基地に反対する場合、その相手はフェンスの向こう側にいるアメリカ軍であり、そしてそれ以上にそれを押し付けている日本、日本人というようにはっきりと目に見える存在です。つまり沖縄のひとびとにとって「根は同じではない」のです。そしてこれは、沖縄と日本の関係性に因る認識の問題です。
沖縄と日本は対等な立場ではない
ここで昨年訪れたある町のスナップをお見せします。

どこだか分かりますか?



大阪の大正区というところが沖縄出身者のコミュニティであることはぼくなどがいうまでもなく皆さんご存知かと思います。

この写真が何を意味するか…さんは分かりますか?
明治国家は近代化の過程で独立国家である琉球を組み込みました。そして徹底した皇民化教育、方言撲滅、生活習慣の「大和化」を強制しました。沖縄独自の名前も読み難いからという理由で大和風に変えられました。仲村梁(ナカンダカリ)を仲村に、島袋(シマブク)を島に改めたり、金城(カナグスク)の呼称を「きんじょう」に、というように。同じようにツハさんは日本社会に受け入れられるためにツナミという音声言語に名前を変更したのです。この表札から読み取るべきなのは、そうせざるを得なかったツハさんが日本社会で生活してきた歴史の過酷さであり、日本の植民地政策であり、沖縄と日本の対等でない関係、それは清算された過去の出来事ではなく現在まで続いている問題であります。「根は同じではない」ということを別の言葉で言い換えると、沖縄と日本は対等な立場ではない、ということになります。
ところで環境問題や平和を訴えることは普遍的なことだと思われています。沖縄であれ秋田であれ東京であれどこであれ、それらは共通する課題であると見なされます。これら「普遍的」な問題を訴えに、広めに、啓蒙しに、沖縄には県外から様々な個人や団体がやってきます。ここで気をつけたいのは、普遍的なことを啓蒙するためには、あらかじめその相手との間に共有できるコードがあることが前提となっているはず、ということです。「このテーマは普遍的なものだからきっと分かってもらえる」と。
このような啓蒙者が陥りやすいのは、相手との関係が対等ではないのに、それが見えず、あるいは見ないふりをして対等であるかのように振舞う、装うことです。対等でないことに自覚的なのは常に踏みつけられている者で、踏みつけている側はそれを知らずにすみます。そういう者ほど相手に共有するコードがあると信じて疑わず、対等でないなどとは思いもよりません。これを「無知の権力性」と呼びます。
私は沖縄と日本の間に共有するコードはあると思うし、環境問題や平和の問題など普遍的な問題は、沖縄も日本も違いはないと思います。それについて啓蒙することもできるし、沖縄と日本が繋がることもできると信じています。ただ、それをする前に、まず対等でないという現実を踏みつけている側が知ることが不可欠であり、知った上で対等になるような実践をすること、そのことで初めて両者が対等になる条件が揃うのだと思っています。だからぼくは、ナマケモノ倶楽部の活動を広めるという「普遍的な」活動をすることを控えたのです。
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これは私から事務局へのメッセージです。ハチドリワークショップは今回全国数箇所を廻り、最終地がここ沖縄だったわけです。恐らく他の地域では、前半行ったようなものと似た内容が行われたのではないでしょうか。それからすると後半のテーマというのは、ちょっとズレている。そのことに恐らく事務局は不審に思っているかもしれません。今回私は意図的にずらしたのです。そのような内容のワークショップをやることはもちろん意義のあることだと思いますが、その前にやることがあるだろうと。最初にこのテーマをやっておかないと、これまで話をした理由から沖縄とナマケモノ倶楽部は繋がらないだろうと危機感を持ったのです。そしてそれがナマケモノ倶楽部と沖縄を繋ぐ媒体としての私の倫理、あるいは責任だと感じました。
それではようやく本題に入ります。冒頭で私の仕事について触れましたが、この仕事を始めた動機をお話しさせていただくことによって、今回のテーマに話を?げていこうと思います。
JanJanは「市民の市民による市民のためのメディア」というキャッチコピーを掲げています。プロの新聞記者ではない一般の「市民記者」が、メジャーメディアとは違った切り口で情報を発信するこのスタイルは、メジャーメディアへの批判精神が根底にあります。メジャーメディアは伝えるべき情報を必ずしも伝えていない、という批判精神が。
この「伝えるべき情報が伝わっていない」ということでいうと、沖縄の情報こそ最も当てはまるのではないだろうか?と本土出身の者として切実に感じます。基地問題を中心とした様々な深刻な問題は、驚くほど本土の新聞、テレビなどでは報道されることが少ない。これは大きな問題です。なぜなら、沖縄の基地問題は沖縄という地域のローカルな問題などでは決してなく、日本の、いや広くいえばアメリカという巨大な軍事国家が制する世界的な問題だからです。
沖縄と本土の「温度差」とよくいわれます。いくつかある原因の一つが「伝えるべき情報が伝わっていない」ことに起因すると私は思っています。その代わり、観光情報は溢れています。「癒しの島」「青い空・青い海・白い砂浜」「スローライフ」という。それらは本土側からの一方的な欲望の眼差しとして消費されます。もちろん沖縄で生活している我々はこの島が「癒しの島」ではない現実を知っています。県民所得最下位、失業率一位、高い自殺率、米兵によるレイプ事件というようなその内実は「スローライフ」とはあまりにも程遠いものです。
一方ナマケモノ倶楽部には「スロー」というコンセプトがあります。先日友人に「今度ナマケモノ倶楽部のワークショップを沖縄でやるんだ」と伝えたところ、「ナマケモノ倶楽部って、あのスローライフのでしょ」という返事が即座に返ってきました。その返事からは沖縄が表面的なスローライフブームの対象にされてきたことへの違和感のようなものが私には感じられました。
おきなわスロー
ではナマケモノ倶楽部のいう「スロー」とは果たしてそういう意味でしょうか?
ここでナマケモノ倶楽部世話人・辻信一さんの著書「スロー・イズ・ビューティフル」から引用します。
マスメディアは今、さかんに「スローライフ」を演出している。「ゆっくり」、「ゆったり」、「のんびり」、「ゆとりある」、「のびのび」。そして「緑の」、「森に囲まれた」、「環境にやさしい」といった「エコロジカル・ライフ」のイメージの群れ。環境教育、エコ・ツーリズム、アウトドア、スロー・フードなどのコンセプトに飛びつく大企業。スローとエコの商品化。~
これが、ぼくたちの時代の「文化」(カルチャー)なるものの寒々とした現状なのだ。ぼくたちに求められているのは、文化というものをもう一度、「外なるもの」として構想し直す力を取り戻すことではないか。国の内にあるように見えながら、国の成り立ちの外にもあるものとしての文化。資本制の中に取り込まれているように見えながら、同時に貨幣経済や自由競争主義の外にあるものとしての文化。国家や資本が規定する時間と空間の枠組みの外に立つものとしての文化。~
主流社会に始めからプラグしていない者たち。そこからアンプラグした者、しつつある者たち。そのイメージとは、例えば、不登校、「落ちこぼれ」、「脱サラ」、障害者、ヒッピー、地方自治、地域通貨、コミュニティ・ガーデン、脱ダム、脱原発、草の根エネルギー運動や省エネ運動、今も世界に散在する先住諸民族。
ここで一番重要な点は、文化というものをもう一度、「外なるもの」として構想し直す力を取り戻すという箇所です。ちょっと難しいことをいっているようですが私なりに解釈すると、国家や資本の埃にまみれたシャツを洗濯してみると、そのシャツがそれまでとは違ったシャツに見えてくる、というようなことです。例えば不登校というのは学校に馴染めず通えなくなる、つまり脱落者のマイナスイメージですが、競争社会、管理社会に適合できなかった健康的な人というポジティブな見方も可能です。
次に「主流社会から始めからプラグしていない者たち」ということで連想される沖縄のイメージを私なりに続けてみます。そもそも「沖縄」それ自体がこの中に入るという気もしますが、そういったら沖縄の人は怒るでしょうか?この場合「主流社会」というのはヤマトゥを指すでしょう。とにかく挙げてみます。旧暦文化、共同売店、反基地運動、イノー、シマコトバ、スージグヮ・・・
一方本土の「沖縄好き」が口にする沖縄文化とは例えば以下の通りです。青い空・青い海、三線、エイサー、ウチナーグチ、オジイ・オバア、聖地、ナンクルナイサー・・・。もともと固有の文化だったこれらは、観光という欲望の消費者=ヤマトーンチュによって、差異を「発見」され、適当に捏造され、資本制の「商品」となります。さらに売るものの少ない沖縄自身がこれら「売れる」商品の再生産に加わります、自らの身体さえ差し出して。
これらいったん国家や資本の埃にまみれ手垢のついた沖縄の文化を構想し直すことは可能か?構想し直すのは誰がするのか?文化を構想し直すとはどのような作業をいうのか?
ナマケモノ倶楽部のユニークな運動のひとつに「ズーニー運動」というものがあります。HPからまた辻さんの言葉を引用させて下さい。
zoonyとは、否定の先をみること。今までは、「~せずに。」「~しない。」反対。文はそこで終わっていた。否定の先が見えなかった。zoonyは、否定の先へと進みでること。英語で言うオルタナティブ。「~せずに・・・する。」“・・・”のところに新しい可能性が開ける。
自動販売機やコンビニで缶やペットボトルの飲み物を買わずに水筒を持ち歩く。割り箸を使わずにマイ箸を使う。買い物にはレジ袋を使わずにマイバッグを愛用する、などがその具体例です。マイ箸にしてもマイバッグにしてもそれぞれなんら目新しいものではありません。以前から環境に関心の高い人々の間では半ば常識でさえありました。今日この会場にお越しの方々の中には「そんなことはとっくの昔にやっている」という方もいらっしゃるでしょう。
ナマケモノ倶楽部はそれらを限られた一部の人たちのものから、幅広い層に広げる努力をしています。自ら商品開発をし、若者にもお洒落と感じる「カワイイ」商品に仕上げ、ライフスタイルの一部にしようというのが目的です。このあたりが「文化を構想し直すこと」ではないかと捉えています。
一方「反対!」をずーーっといい続けてきたのが沖縄の反基地運動です。わたしは東村高江で行われている米軍ヘリパッド建設に対する座り込みによる阻止行動に昨年来参加してきました。そこで「反対!」だけではない多様な形の運動が生起するのをこの目で見てきました。
高江で阻止行動をしている人たちのほとんどはそれまで反対運動というものをしたことがない人たちでした。そして従来の反対運動のスタイルーー鉢巻にタスキ、幟を立てコブシを上げ「はんたーい!」というスタイルに違和感を持っていました。なるべくならそういう形を避けたい、というのが彼らの本音だったはずです。ところがいかんせん彼らだけでは少人数ゆえ阻止できません。高江以外からも支援が必要です。その支援者の中には運動のベテランたちがいます。運動のやり方を知らない高江の人たちはベテランのやり方にある程度従わなければなりません。これは7月2日の日付、座り込み初日の模様です。


「反対!」とやらされていますが(笑)、よく見るとこのへんの人たちはコブシを挙げていませんね。全体的にいやいややっている感じが出ています。
この音頭をとっているのは平和運動センターの山城さんという方で、私は“ミスター・シュプレヒコール”と呼んでいます。この方のスタイルは古典的な反対運動のスタイルといって良いかと思いますが、古典の中にも時にユニークなパフォーマンスを見せてくれます。
山城さんは団体からたった一人で、初日以来長い期間泊り込みで阻止行動を続けました。山城さんの熱意に打たれた高江の人たちは徐々に山城さんのスタイルを受け入れるようになりました。また山城さんにとっても、高江の人たちはそれまで会ったことがないタイプの新しい人たちと映り、新鮮さを感じたようで「ここにいるのが楽しくて仕方ない」といっていました。
座り込みに参加している人たちにも生活があります。お母さんにはお母さんの仕事があります。座り込みと日々の仕事と両立しなければならなくなりました。女の生活の知恵というのは素晴らしいもので、洗濯物を座り込みのゲートに干すようになります。ここには「ズーニー運動」に通じる楽しいオルタナティブな運動があります。
「ヘリパッドいらない」住民の会の人たちの多くが、高江の自然に魅せられ移り住んできた人たちです。無農薬農家、工芸家、手作りカフェの経営者などなど。物質的な豊かさを求めずに自然に囲まれた生活を選んだ人たちといってよいでしょう。つまり「ズーニー運動」を実践して高江で生活していたら、新たなヘリパッド建設の問題に直面したわけです。そこで彼らはヘリパッド建設を受け入れずに独自のスタイルで反対運動を始めたのです。これも「ズーニー運動」です。彼らこそ「スロー」といってよい。決して「反対!」ばかりいっているわけではありません。
ところがそういう彼らをマスコミはどう表現するか?「反対派」と一言で片付けます。「反対派」という言葉からみなさんはどんなことを想像されるでしょうか?「サヨク」、なにかよからぬことを企んでいそうな危険人物、反対ばかりしている非現実的で依怙地な人たち・・・こんなところでしょうか。ところで「反対派」と短く書くとき、誰にとっての「反対派」なのでしょうか?一見中立的な立場を装った見出しの書き手は、事業を推し進めようとしている国家の立場を代弁していないでしょうか?意図的なものかそうでないかは別として、このような情報操作ともいえることが、沖縄のメディアでさえ行われていることはどんなことをもたらすか?
「反対」することがあたかも悪いこと、主流ではないこと、無前提にけしからんことと世間がみなすようになることです。これは恐ろしいことです。このような風潮が蔓延したとき、既に戦時下に入っているといってよいと思います。沖縄では選挙のたびに保守政治家が革新側を批判する言葉として、「反対ばかりいって現実的でない」と批判します。なんとなく同意見の人も少なくないのではないでしょうか?
「ズーニー運動」をしている人、あるいはそれに魅力を感じる人というのは、先ほど例に出した従来の運動スタイルに抵抗がある。「でも社会の様々な問題に対して、このままではいけない、自分も何かしたい」というような人が多いのではないでしょうか?私もそのうちの1人ですが、ここで一言注意を促したいのは、このような情報操作に影響されて、「非政治化」しないでほしいということです。「反対!反対!といっていても基地は無くならない。それよりお洒落なエコバッグを持つ方がかっこいい、というように。「zoonyは、否定の先へと進みでること」とありますが、かといって否定を忌避すべきではないでしょう。「反対」すべき時は正々堂々と「反対」すべきです。高江の座り込み運動に参加して気づいたことはそういうことです。
たまたま基地問題に焦点を当てましたが、もちろんそれ以外のことにもいえるでしょう。みなさん一人一人が関心を持つ身の回りの文化を構想し直す、あるいは「~せずに・・・する。」このように、沖縄での「スロー」を構想し直すことは愉しい作業ではないでしょうか?
2007年09月07日
2007年05月18日
緊急事態!!一人でも多く辺野古へ!
現在辺野古では機動隊・自衛隊が待機
これを阻止・抗議しようと昨夜100名集まった市民は
現在50名ほどとの情報が入りました。
私もこれから辺野古へ向かいます。
国家が市民に対してどんな暴力をふるうか
目撃してください
今後自分たちの日々の生活を脅かされないために!
最新情報はこちらから
↓
http://blog.livedoor.jp/kitihantai555/
http://henoko.jp/info/
http://henoko.jp/fromhenoko/
2006年10月23日
共謀罪法案廃案を求めるサイバーアクション第2弾!
露骨なあべちゃん政権は分かりやすい。
こんなデタラメな法案を通そうとしているだから。
そのままにしていたら取り返しのつかないことになるぞ。
自分の生命を守る声をあげようぜ~
グリーンピース・ジャパンからのメールを転載します。

::::::::::::::::::::::::
憲法99条で憲法擁護義務を負う政府・与党の要人が、憲法違反の疑い濃厚な核
武装論議を容認し、国民・市民には社会をより良くするための話し合いはおろか
目配せさえも禁じる“あべこべ”時代の象徴、「共謀罪法案」が10月24日の
週にも強行採決かという山場を迎えています。
グリーンピース・ジャパンは去る4月19日、アムネスティ・インターナショナル
日本やピースボート、日本国際ボランティアセンターをはじめ200を超える市
民団体とともに共謀罪法案の廃案を求める「NGO・NPO共同アピール」を発表し、
先の国会での採決を阻止したあと、今国会でも引き続き断固反対の姿勢を貫いて
います。10月17日には、他のNGO・市民団体と議員会館前で黒い布を口に巻いて
廃案を訴えました。
北朝鮮の核実験に対する国民の危機感に乗じた安倍政権による共謀罪法案の強行
採決が迫るいま、ふたたび「Say“NO”to 共謀罪 サイバーアクション」を呼び
かけます。ぜひこのサイバーアクションに参加して、法案審議を担当する国会議
員、各党代表、マスコミに共謀罪反対の声を届けてください。
アクションは以下のページからすぐにできます。
http://www.greenpeace.or.jp/info/features/civil_liberty/cyberaction/?cyber
ここで送信すると、衆参の法務委員、首相、法相にメッセージが送られます
(主な携帯電話からも送信可能です)。
グリーンピース・ジャパン事務局長 星川 淳
10月17日の国会議員会館前のアクションの様子
http://www.greenpeace.or.jp/?cyber
=======================================================================
食べていませんか? 遺伝子組み換え食品
「遺伝子組み換えではない」などと表示があっても遺伝子組み換え原料を使用し
た商品があります。グリーンピースでは遺伝子組み換えでない食品を選べる『トゥ
ルーフード・ガイド』を無料で配布しています。
http://www.greenpeace.or.jp/truefood
グリーンピースをご支援ください。
http://www.greenpeace.or.jp/info/supporter/?cyber
こんなデタラメな法案を通そうとしているだから。
そのままにしていたら取り返しのつかないことになるぞ。
自分の生命を守る声をあげようぜ~
グリーンピース・ジャパンからのメールを転載します。

::::::::::::::::::::::::
憲法99条で憲法擁護義務を負う政府・与党の要人が、憲法違反の疑い濃厚な核
武装論議を容認し、国民・市民には社会をより良くするための話し合いはおろか
目配せさえも禁じる“あべこべ”時代の象徴、「共謀罪法案」が10月24日の
週にも強行採決かという山場を迎えています。
グリーンピース・ジャパンは去る4月19日、アムネスティ・インターナショナル
日本やピースボート、日本国際ボランティアセンターをはじめ200を超える市
民団体とともに共謀罪法案の廃案を求める「NGO・NPO共同アピール」を発表し、
先の国会での採決を阻止したあと、今国会でも引き続き断固反対の姿勢を貫いて
います。10月17日には、他のNGO・市民団体と議員会館前で黒い布を口に巻いて
廃案を訴えました。
北朝鮮の核実験に対する国民の危機感に乗じた安倍政権による共謀罪法案の強行
採決が迫るいま、ふたたび「Say“NO”to 共謀罪 サイバーアクション」を呼び
かけます。ぜひこのサイバーアクションに参加して、法案審議を担当する国会議
員、各党代表、マスコミに共謀罪反対の声を届けてください。
アクションは以下のページからすぐにできます。
http://www.greenpeace.or.jp/info/features/civil_liberty/cyberaction/?cyber
ここで送信すると、衆参の法務委員、首相、法相にメッセージが送られます
(主な携帯電話からも送信可能です)。
グリーンピース・ジャパン事務局長 星川 淳
10月17日の国会議員会館前のアクションの様子
http://www.greenpeace.or.jp/?cyber
=======================================================================
食べていませんか? 遺伝子組み換え食品
「遺伝子組み換えではない」などと表示があっても遺伝子組み換え原料を使用し
た商品があります。グリーンピースでは遺伝子組み換えでない食品を選べる『トゥ
ルーフード・ガイド』を無料で配布しています。
http://www.greenpeace.or.jp/truefood
グリーンピースをご支援ください。
http://www.greenpeace.or.jp/info/supporter/?cyber
2006年10月11日
誰を守るミサイルか?
PAC3上陸阻止行動に機動隊が入った今朝の様子を
ジャン松元さんが捕らえているのを多くの人に見て欲しい。
↓
そこのけそこのけミサイルが通る!!
昼間に行ったときはつかの間の長閑な宴が展開されていたが、却ってそれが逆に夜以降の展開を危惧させる光景に映ったその矢先だ。

ジャン松元さんが捕らえているのを多くの人に見て欲しい。
↓
そこのけそこのけミサイルが通る!!
昼間に行ったときはつかの間の長閑な宴が展開されていたが、却ってそれが逆に夜以降の展開を危惧させる光景に映ったその矢先だ。
2006年08月10日
サンゴに測量用チップ
湾に沿ったカーブをまっすぐするための国道道路工事。
そのためサンゴに打ち込まれた測量用チップ。
他に無い自然環境を求めて観光客は来るのですよ。
それをぶち壊すということは墓穴を掘っている、
としかいいようがない。
自分たちの宝が分からんのか。
国頭の自然を愛するきじむなあさんの訴えに注目!
↓
やんばる みぃっけ♪
そのためサンゴに打ち込まれた測量用チップ。
他に無い自然環境を求めて観光客は来るのですよ。
それをぶち壊すということは墓穴を掘っている、
としかいいようがない。
自分たちの宝が分からんのか。
国頭の自然を愛するきじむなあさんの訴えに注目!
↓
やんばる みぃっけ♪
2006年06月26日
オーマイニュースへ挑戦
オーマイニュース日本版が鳥越編集長の下、準備を始めている。
準備ブログへ記事を書かせていただいた。
↓
http://www.ohmynews.co.jp/blog/archives/2006/06/post_51.html
オーマイニュースを知らない方はこれでも読んでケロ。
↓
http://earthcooler.ti-da.net/d2006-04-25.html
暑くて早くも夏バテぎみ。
クーラーの効かないマイカーに乗るたびに頭痛と激しい疲労感が・・・
準備ブログへ記事を書かせていただいた。
↓
http://www.ohmynews.co.jp/blog/archives/2006/06/post_51.html
オーマイニュースを知らない方はこれでも読んでケロ。
↓
http://earthcooler.ti-da.net/d2006-04-25.html
暑くて早くも夏バテぎみ。
クーラーの効かないマイカーに乗るたびに頭痛と激しい疲労感が・・・
2006年05月26日
2006年05月25日
米軍基地についてNHKに意見を
きくちゆみさんから教えてもらった。
NHK総合の番組「日本のこれから」という番組で、
6月10日(土)19:30~22:30
米軍基地についての討論が企画されています。
↓
http://www.nhk.or.jp/korekara/
わじっていいとも!
NHK総合の番組「日本のこれから」という番組で、
6月10日(土)19:30~22:30
米軍基地についての討論が企画されています。
↓
http://www.nhk.or.jp/korekara/
わじっていいとも!
2006年05月18日
連続ティーチ・イン沖縄第16回案内
首都圏の皆様、
刺激的な試みに時間を作ってご参加下さい。
(新城郁夫さんが喋くりまくるハズ。テキトーに止めて下さい)
酒井隆史の話も聞きたいなあ・・・
以下転送歓迎
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
私たちが世界を変えたいと思うなら、まずは私たち自身から始めましょう。
まずは真実を知ることから。
沖縄で、日本で、アジアで、世界で何が起きているのか、何が起きようとしているのか。私たちはどこに立っているのか、どこに向かおうとしているのか。
考え、語り合いましょう、車座になって。
連続ティーチ・イン沖縄第16回@成蹊大学
抵抗の歓び:音の力、カラダの力、ことばの力
日時 2006年5月27日(土)午後1時~
会場 成蹊大学3号館102号室
http://www.seikei.ac.jp/gakuen/access.html
参加費 500円(資料代)
今回、連続ティーチイン沖縄は、「合意」をめぐる日米両政府、沖縄自治体などの、急速で不可視にして暴力的な状況のなかで開催されます。こうした状況のなかで、どのような「抵抗」を生み出していけるのか。ミクロな政治ー文化実践のなかからも探っていきたいと考えます。
本ティーチイン二回目のゲスト参加で、「合意してないプロジェクト」の新城郁夫さん、政治的なテーマも盛り込みつつ写真+ガラス作品を作っている根間智子さん、2004年8月に起きた海兵隊ヘリ墜落事件を受けて、ストレートなリリックで話題となった「民のドミノ」のミュージシャン、Duty Free Shopp×カクマクシャカを沖縄から迎え、さらに東京から台湾などとのネットワークを構築しているミュージシャンの大熊ワタルさんがパネラーに加わり、日米軍事再編のなかで悪化の道を辿る東アジアの「国際」関係のなかで、「民」のありうべき「合意」のかたちをさまざまな文化実践のなかから 再想像していく「場」となればと考えています。
今回の「連続ティーチイン沖縄」は、DeMusik Inter.編『音の力 沖縄アジア臨界篇』(インパクト出版会)の出版記念として、また、成蹊大学アジア太平洋研究センター「アジア・政治・アート」プロジェクトの協力を得て、同プロジェクトの第一回研究会としても開催されます。
新たな交流の場となることを願っています。みなさま、奮ってご参加くださいますよう、お願い申し上げます。
13:00~16:00 シンポジウム
16:15~18:00 質疑応答+車座集会
終了後、飲食を交えた交流会
<あいさつ>
李静和(成蹊大学)
<司会(予定)>
東琢磨(音楽批評)
<シンポジウム>
・新城郁夫(しんじょう・いくお、琉球大学)
著書『沖縄文学という企て』(インパクト出版会)で「沖縄タイムス」出版文化賞受賞。「合意してないプロジェクト」。同プロジェクトのさまざまな実践の報告を中心に発言していただく。1967年、沖縄生まれ。
・根間智子(ねま・さとこ、アーティスト)
日本画を学び、後に写真、ガラスを美術の諸領域をわたりながら、鉄条網の文様を写したガラス作品なども創作。美術賞各賞受賞。写真家として「フォトネシア」展にも出品。スライドショーを行いながらのトークを予定。
・DUTY FREE SHOPP.(知花竜海)+カクマクシャカ(ラッパー/ミュージシャン)
それぞれの活動を展開してきたDUTY FREE SHOPP.(知花竜海)とカクマクシャカが合流、「民のドミノ」を自主制作、配布、大きな話題となる。知花は、北京で「品味期限」というバンドも率いて活動。ミニライヴも予定。
・大熊ワタル(おおくま・わたる、ミュージシャン、DeMusik Inter.)
ミュージシャン。大工哲広のジンタバンドで演奏など、沖縄とのつながりも深い。現在は自己バンド「シカラ・ムータ」を率いるなど多面的な活動を展開している。今回は、台湾・対抗的音楽シーンの報告など。1960年、広島県生まれ。
<質疑応答、車座集会、発話予定者>
本橋哲也(東京経済大)、鵜飼哲(一橋大)、酒井隆史(大阪府立大)、本山謙二(日本学術振興財団)、二木信(ライター)、宋安鍾(金沢大学)、須藤久美子(インパクト出版会)、松本麻里(ライター)、イトー・ターリ(アーティスト)、鄭暎恵(大妻女子大)、『マリーンズ・ゴー・ホーム』上映実行委員会、ほか
(主催)
連続ティーチイン沖縄実行委員会
成蹊大学アジア太平洋資料センター「アジア、政治、アート」プロジェクト
DeMusik Inter.
問い合わせ
連続ティーチ・イン沖縄実行委員会 090-9340-2598
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
刺激的な試みに時間を作ってご参加下さい。
(新城郁夫さんが喋くりまくるハズ。テキトーに止めて下さい)
酒井隆史の話も聞きたいなあ・・・
以下転送歓迎
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
私たちが世界を変えたいと思うなら、まずは私たち自身から始めましょう。
まずは真実を知ることから。
沖縄で、日本で、アジアで、世界で何が起きているのか、何が起きようとしているのか。私たちはどこに立っているのか、どこに向かおうとしているのか。
考え、語り合いましょう、車座になって。
連続ティーチ・イン沖縄第16回@成蹊大学
抵抗の歓び:音の力、カラダの力、ことばの力
日時 2006年5月27日(土)午後1時~
会場 成蹊大学3号館102号室
http://www.seikei.ac.jp/gakuen/access.html
参加費 500円(資料代)
今回、連続ティーチイン沖縄は、「合意」をめぐる日米両政府、沖縄自治体などの、急速で不可視にして暴力的な状況のなかで開催されます。こうした状況のなかで、どのような「抵抗」を生み出していけるのか。ミクロな政治ー文化実践のなかからも探っていきたいと考えます。
本ティーチイン二回目のゲスト参加で、「合意してないプロジェクト」の新城郁夫さん、政治的なテーマも盛り込みつつ写真+ガラス作品を作っている根間智子さん、2004年8月に起きた海兵隊ヘリ墜落事件を受けて、ストレートなリリックで話題となった「民のドミノ」のミュージシャン、Duty Free Shopp×カクマクシャカを沖縄から迎え、さらに東京から台湾などとのネットワークを構築しているミュージシャンの大熊ワタルさんがパネラーに加わり、日米軍事再編のなかで悪化の道を辿る東アジアの「国際」関係のなかで、「民」のありうべき「合意」のかたちをさまざまな文化実践のなかから 再想像していく「場」となればと考えています。
今回の「連続ティーチイン沖縄」は、DeMusik Inter.編『音の力 沖縄アジア臨界篇』(インパクト出版会)の出版記念として、また、成蹊大学アジア太平洋研究センター「アジア・政治・アート」プロジェクトの協力を得て、同プロジェクトの第一回研究会としても開催されます。
新たな交流の場となることを願っています。みなさま、奮ってご参加くださいますよう、お願い申し上げます。
13:00~16:00 シンポジウム
16:15~18:00 質疑応答+車座集会
終了後、飲食を交えた交流会
<あいさつ>
李静和(成蹊大学)
<司会(予定)>
東琢磨(音楽批評)
<シンポジウム>
・新城郁夫(しんじょう・いくお、琉球大学)
著書『沖縄文学という企て』(インパクト出版会)で「沖縄タイムス」出版文化賞受賞。「合意してないプロジェクト」。同プロジェクトのさまざまな実践の報告を中心に発言していただく。1967年、沖縄生まれ。
・根間智子(ねま・さとこ、アーティスト)
日本画を学び、後に写真、ガラスを美術の諸領域をわたりながら、鉄条網の文様を写したガラス作品なども創作。美術賞各賞受賞。写真家として「フォトネシア」展にも出品。スライドショーを行いながらのトークを予定。
・DUTY FREE SHOPP.(知花竜海)+カクマクシャカ(ラッパー/ミュージシャン)
それぞれの活動を展開してきたDUTY FREE SHOPP.(知花竜海)とカクマクシャカが合流、「民のドミノ」を自主制作、配布、大きな話題となる。知花は、北京で「品味期限」というバンドも率いて活動。ミニライヴも予定。
・大熊ワタル(おおくま・わたる、ミュージシャン、DeMusik Inter.)
ミュージシャン。大工哲広のジンタバンドで演奏など、沖縄とのつながりも深い。現在は自己バンド「シカラ・ムータ」を率いるなど多面的な活動を展開している。今回は、台湾・対抗的音楽シーンの報告など。1960年、広島県生まれ。
<質疑応答、車座集会、発話予定者>
本橋哲也(東京経済大)、鵜飼哲(一橋大)、酒井隆史(大阪府立大)、本山謙二(日本学術振興財団)、二木信(ライター)、宋安鍾(金沢大学)、須藤久美子(インパクト出版会)、松本麻里(ライター)、イトー・ターリ(アーティスト)、鄭暎恵(大妻女子大)、『マリーンズ・ゴー・ホーム』上映実行委員会、ほか
(主催)
連続ティーチイン沖縄実行委員会
成蹊大学アジア太平洋資料センター「アジア、政治、アート」プロジェクト
DeMusik Inter.
問い合わせ
連続ティーチ・イン沖縄実行委員会 090-9340-2598
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
2006年05月17日
STOP ROKKASHO
青森県六ヶ所村核燃料再処理工場の放射能汚染について、
このブログで取り上げるのはこれが初めてだが、
私の中では沖縄の米軍基地再編問題、共謀罪と共に最も
緊急な重大問題だ。
(もちろん他にも問題は山積しているが)
この問題に対して坂本龍一さんが仲間と共にアクションを起こした。
↓
http://stop-rokkasho.org/
放射能汚染について。
↓
原子力資料情報室
http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=352
ナマケモノ倶楽部MLより、坂本さんからのメッセージを転載します。
様々なアーティスティックな活動が集まることを願う。
========
坂本龍一です.
http://www.kuwaharamoichi.com/D2/archives/2006/05/post_87.html
本日、みなさんの貴重なお時間を頂戴して訴えたいのは、青森県六ヶ所村にある
核燃料再処理工場による、甚大な放射能汚染についてです.
なんと、この再処理工場からは通常の原発から出る放射能の一年分が、一日で
出るというのです.美しい縄文の地と恵みをもたらす三陸の海が汚され、
その被害は何百世代先にまで及びます.
こんな異常なことがまかりとおっていることが、にわかには信じられません.
しかし、もっと問題なのはほとんどの人がこの事実を知らないということです.
これは大手メディアに責任がありますが、PSE法についてはあれほどリアクション
があったのに、もっと重大で命に関わるこの問題については、社会全体が奇妙なほど
静かなのです.そこでぼくはインターネットと音楽をもって世界にこのことを
知らしめようと思いました.
ぼくと、若い友人である日本人ラッパー、shing02は今、音楽を制作中です.
ぼくたちはその音楽をwebに載せ、人々がそれを自由にダウンロードし、
リミックスし、サンプリング、リサイクル、リモデルなどをして、再処理工場の
ことが世界に広まるように、クリエイティブコモンズのライセンスを取得するつもりです.
幸い、友人のクリスチャン・フェネスが賛同し、音をダビングしてくれましたし、
また英国の有名なデザイナーであるジョナサン・バーンブルックはwebサイト
(www.stop-rokkasho.org)のデザインを引き受けてくれました.そこでは、
人々が音楽を聴き、ダウンロードをし、またビデオを見たり、六ヶ所再処理工場に
ついてもっと情報を得ることができます.
みなさんにもぼくたちと共に、音楽、写真、動画、美術作品、詩など、どんな
ジャンルでもけっこうですので、寄付していただくことを呼びかけたいのです.
そうすることによって、世界がこの問題を知ることになり、ひいては危険な
再処理工場が止まることを願って.ちなみに、ぼくたちにはどんな財政的な
基盤もありません.これは人々に気づいてもらうことを目的とした、
100%ボランタリーな活動です.
みなさんの貴重なお時間をさいて、これを読んでいただき、またこの問題を
考慮していただいたことに感謝して.
========
このブログで取り上げるのはこれが初めてだが、
私の中では沖縄の米軍基地再編問題、共謀罪と共に最も
緊急な重大問題だ。
(もちろん他にも問題は山積しているが)
この問題に対して坂本龍一さんが仲間と共にアクションを起こした。
↓
http://stop-rokkasho.org/
放射能汚染について。
↓
原子力資料情報室
http://cnic.jp/modules/news/article.php?storyid=352
ナマケモノ倶楽部MLより、坂本さんからのメッセージを転載します。
様々なアーティスティックな活動が集まることを願う。
========
坂本龍一です.
http://www.kuwaharamoichi.com/D2/archives/2006/05/post_87.html
本日、みなさんの貴重なお時間を頂戴して訴えたいのは、青森県六ヶ所村にある
核燃料再処理工場による、甚大な放射能汚染についてです.
なんと、この再処理工場からは通常の原発から出る放射能の一年分が、一日で
出るというのです.美しい縄文の地と恵みをもたらす三陸の海が汚され、
その被害は何百世代先にまで及びます.
こんな異常なことがまかりとおっていることが、にわかには信じられません.
しかし、もっと問題なのはほとんどの人がこの事実を知らないということです.
これは大手メディアに責任がありますが、PSE法についてはあれほどリアクション
があったのに、もっと重大で命に関わるこの問題については、社会全体が奇妙なほど
静かなのです.そこでぼくはインターネットと音楽をもって世界にこのことを
知らしめようと思いました.
ぼくと、若い友人である日本人ラッパー、shing02は今、音楽を制作中です.
ぼくたちはその音楽をwebに載せ、人々がそれを自由にダウンロードし、
リミックスし、サンプリング、リサイクル、リモデルなどをして、再処理工場の
ことが世界に広まるように、クリエイティブコモンズのライセンスを取得するつもりです.
幸い、友人のクリスチャン・フェネスが賛同し、音をダビングしてくれましたし、
また英国の有名なデザイナーであるジョナサン・バーンブルックはwebサイト
(www.stop-rokkasho.org)のデザインを引き受けてくれました.そこでは、
人々が音楽を聴き、ダウンロードをし、またビデオを見たり、六ヶ所再処理工場に
ついてもっと情報を得ることができます.
みなさんにもぼくたちと共に、音楽、写真、動画、美術作品、詩など、どんな
ジャンルでもけっこうですので、寄付していただくことを呼びかけたいのです.
そうすることによって、世界がこの問題を知ることになり、ひいては危険な
再処理工場が止まることを願って.ちなみに、ぼくたちにはどんな財政的な
基盤もありません.これは人々に気づいてもらうことを目的とした、
100%ボランタリーな活動です.
みなさんの貴重なお時間をさいて、これを読んでいただき、またこの問題を
考慮していただいたことに感謝して.
========
2006年05月15日
Say ”NO” to 共謀罪 サイバーアクション
星川淳さんからのメール。
さっそくサイバーアクションに参加した。
こんな法案が通ったら、合意してないてぃーだブロガーアクションも
犯罪行為として罰せられるなんて、冗談みたいなことが冗談でなくなる。
正に今、正念場なのだ。
後で後悔しないためにも、一人でも多くの人に意思表示をして欲しい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
話し合うことが罪になる」――共謀罪法案の審議が山場を迎えています。
二人以上の人間が何かを計画したり話し合ったりしただけで罰せられる、戦前
の治安維持法のような悪法、「共謀罪」という法律が、いまの国会で成立してし
まうかもしれません。
共謀罪関連法案(正式には「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化
に対処するための刑法の一部を改正する法律案」)は、2003年にはじめて国会に
提出されましたが、あまりにも危険な内容に、国会議員や一般市民、法律家団体
などの反対が強く、これまでに二度廃案になっています。
この法律ができると、たとえば官庁や企業にメールで意見送付を呼びかけるよ
うな、NGOが通常行なっている活動までも犯罪とみなされ、政権が嫌がる人やグ
ループを思いのまま弾圧できる法律です。また、職場の待遇改善とか、マンショ
ンの建設反対といった要求さえ罪に問われかねないなど、民主社会の基本である
言論と表現の自由が脅かされてしまいます。おまけに、計画にかかわっても自供
すれば罪が軽減されるため、つねに密告や盗聴や警察スパイを警戒して、国民・
市民どうしが疑心暗鬼で暮らさなければならなくなるでしょう。
グリーンピース・ジャパンは去る4月19日、アムネスティ・インターナショナ
ル日本、ピースボート、日本国際ボランティアセンター、VAWW-NETジャパン、反
差別国際運動日本委員会、子どもと教科書全国ネット21とともに「共謀罪に反対
するNGO・NPO共同アピール」を発表し、5月15日現在で189団体の賛同を得ていま
す。反対世論の高まりとともに、ようやくマスコミも問題の深刻さを取り上げる
ようになり、衆議院法務委員会での強行採決に歯止めをかけてきましたが、政府
・与党は今週はじめにも採決の構えです。
グリーンピース・ジャパンは共謀罪法案の廃案を求めます。
ぜひこのサイバーアクションに参加して、法案審議を担当する国会議員、各党
代表、マスコミに共謀罪反対の声を届けてください。
アクションは以下のページからすぐにできます。
http://www.greenpeace.or.jp/info/features/civil_liberty/cyberaction/
ここで送信すると、衆参の法務委員、首相、法相にメッセージが送られます
(主な DoCoMo、au などの携帯電話からも送信可能です)。
また、5月17日(水)午後2時から衆議院議員面会所で行うNGO・NPOリレートー
ク集会にもご参加、ご注目をお願いします。詳細は
http://www.greenpeace.or.jp/event/e20060517/view
グリーンピース・ジャパン事務局長 星川 淳
さっそくサイバーアクションに参加した。
こんな法案が通ったら、合意してないてぃーだブロガーアクションも
犯罪行為として罰せられるなんて、冗談みたいなことが冗談でなくなる。
正に今、正念場なのだ。
後で後悔しないためにも、一人でも多くの人に意思表示をして欲しい。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
話し合うことが罪になる」――共謀罪法案の審議が山場を迎えています。
二人以上の人間が何かを計画したり話し合ったりしただけで罰せられる、戦前
の治安維持法のような悪法、「共謀罪」という法律が、いまの国会で成立してし
まうかもしれません。
共謀罪関連法案(正式には「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化
に対処するための刑法の一部を改正する法律案」)は、2003年にはじめて国会に
提出されましたが、あまりにも危険な内容に、国会議員や一般市民、法律家団体
などの反対が強く、これまでに二度廃案になっています。
この法律ができると、たとえば官庁や企業にメールで意見送付を呼びかけるよ
うな、NGOが通常行なっている活動までも犯罪とみなされ、政権が嫌がる人やグ
ループを思いのまま弾圧できる法律です。また、職場の待遇改善とか、マンショ
ンの建設反対といった要求さえ罪に問われかねないなど、民主社会の基本である
言論と表現の自由が脅かされてしまいます。おまけに、計画にかかわっても自供
すれば罪が軽減されるため、つねに密告や盗聴や警察スパイを警戒して、国民・
市民どうしが疑心暗鬼で暮らさなければならなくなるでしょう。
グリーンピース・ジャパンは去る4月19日、アムネスティ・インターナショナ
ル日本、ピースボート、日本国際ボランティアセンター、VAWW-NETジャパン、反
差別国際運動日本委員会、子どもと教科書全国ネット21とともに「共謀罪に反対
するNGO・NPO共同アピール」を発表し、5月15日現在で189団体の賛同を得ていま
す。反対世論の高まりとともに、ようやくマスコミも問題の深刻さを取り上げる
ようになり、衆議院法務委員会での強行採決に歯止めをかけてきましたが、政府
・与党は今週はじめにも採決の構えです。
グリーンピース・ジャパンは共謀罪法案の廃案を求めます。
ぜひこのサイバーアクションに参加して、法案審議を担当する国会議員、各党
代表、マスコミに共謀罪反対の声を届けてください。
アクションは以下のページからすぐにできます。
http://www.greenpeace.or.jp/info/features/civil_liberty/cyberaction/
ここで送信すると、衆参の法務委員、首相、法相にメッセージが送られます
(主な DoCoMo、au などの携帯電話からも送信可能です)。
また、5月17日(水)午後2時から衆議院議員面会所で行うNGO・NPOリレートー
ク集会にもご参加、ご注目をお願いします。詳細は
http://www.greenpeace.or.jp/event/e20060517/view
グリーンピース・ジャパン事務局長 星川 淳
2006年05月01日
憲法9条 全国意見投票
憲法9条 変える?変えない?全国意見投票というアクション。
ボードを用意し、賛成か反対かのどちらかにシールを貼る。
ただそれだけの投票。
全国32都道府県の70都市・区で一斉に投票を行うというもの。
昨日は十数名の仲間と共に行動してきた。
県庁前に午後2時集合。
半分は初対面の人。
作業分担を決め、さっそく県庁前広場とパレット久茂地前の二手に分かれgo!
シール片手に声をかける人、ボードを持つ人、幕を持つ人。
私は拡声器でアナウンスする役に。何を隠そうこの拡声器、平和市民連絡会
からお借りしたもの。辺野古で平良夏芽さんが使っている、あの拡声器だ。

思っていたより気軽に応じてくれる方が多い。
年齢層、性別も幅広く、シールを貼ってくれる。

「九条って何?」そもそも理解していない人も多い。
迷った末「分からない」と答える人も意外と多い。
あっというまに予定の4時で終了。
さっそく集計にかかる。
結果
憲法9条を変えることに
賛成 44
反対 539
わからない 73
合計 655
反対が82%。
賛成は30~40代の男性が圧倒的。
私と同年代の男に、こういう「現実的な」人が多いらしい。
「中国や北朝鮮が攻めてくる危険性があるので」などと、感情的ではなく、
「理性的」に振舞っているつもりなのだろうか?
国家権力が市民を守らないことを、一番知っているのが沖縄ではないのか。
それはともかく、
参加された皆さん、お疲れ様でした!
ボードを用意し、賛成か反対かのどちらかにシールを貼る。
ただそれだけの投票。
全国32都道府県の70都市・区で一斉に投票を行うというもの。
昨日は十数名の仲間と共に行動してきた。
県庁前に午後2時集合。
半分は初対面の人。
作業分担を決め、さっそく県庁前広場とパレット久茂地前の二手に分かれgo!
シール片手に声をかける人、ボードを持つ人、幕を持つ人。
私は拡声器でアナウンスする役に。何を隠そうこの拡声器、平和市民連絡会
からお借りしたもの。辺野古で平良夏芽さんが使っている、あの拡声器だ。

思っていたより気軽に応じてくれる方が多い。
年齢層、性別も幅広く、シールを貼ってくれる。

「九条って何?」そもそも理解していない人も多い。
迷った末「分からない」と答える人も意外と多い。
あっというまに予定の4時で終了。
さっそく集計にかかる。
結果
憲法9条を変えることに
賛成 44
反対 539
わからない 73
合計 655
反対が82%。
賛成は30~40代の男性が圧倒的。
私と同年代の男に、こういう「現実的な」人が多いらしい。
「中国や北朝鮮が攻めてくる危険性があるので」などと、感情的ではなく、
「理性的」に振舞っているつもりなのだろうか?
国家権力が市民を守らないことを、一番知っているのが沖縄ではないのか。
それはともかく、
参加された皆さん、お疲れ様でした!
2006年05月01日
昌吉とツレション
前回投稿した星川淳さん講演会のコボレバナシ。
講演終了後、星川さんへの挨拶を終え、ふと尿意をもよおしたのでトイレへ。
先へ男子トイレに消える見覚えのある姿。
昌吉先生だ。
「お疲れ様でした!」と声をかけ便器前に並ぶ。
「イカンなあ・・・あれでは時間がたりん!」
話し足りない様子。
パネラーの中で一番喋っていたのは間違いないが・・・
その後も畳み掛けるように話をしてくれる気さくな昌吉先生。
私も楽しく相槌を打つ。
「次は道州制をやるからね」
私の顔を正面から見据え、真剣な表情で一瞥すると彼は去っていった。
講演終了後、星川さんへの挨拶を終え、ふと尿意をもよおしたのでトイレへ。
先へ男子トイレに消える見覚えのある姿。
昌吉先生だ。
「お疲れ様でした!」と声をかけ便器前に並ぶ。
「イカンなあ・・・あれでは時間がたりん!」
話し足りない様子。
パネラーの中で一番喋っていたのは間違いないが・・・
その後も畳み掛けるように話をしてくれる気さくな昌吉先生。
私も楽しく相槌を打つ。
「次は道州制をやるからね」
私の顔を正面から見据え、真剣な表情で一瞥すると彼は去っていった。
2006年04月30日
星川淳さん講演会&シンポ
昨日は「山内徳信さんを知事にする会」に続き、ビッグイベント。
「憲法講演会シンポジウム」
魂の民主主義 イロコイ連邦・アメリカ建国・日本国憲法
~日本国憲法のルールを探る~講師 星川淳
会場:浦添市産業振興センター結の街三階大研修室
主催:民主党沖縄県総支部連合会
パネリスト:星川淳
琉球大学大学院教授高良鉄美
ダグラス・ラミス
喜納昌吉
コーディネーター:伊高浩昭
午前中にたまたま知ったこの情報には驚いた!
星川さんが来沖してイロコイ連邦についての講演会。
いずれ自分で実現したかった企画だがいつになるやらという感じだったので
とにかく実現できて良かった。
講演に先立ってTBS「ニュース23」での特集を上映。
前半が星川さんの著書『魂の民主主義』を中心としたお話し。
後半はパネラーを交えての憲法談義。
まず星川さんの講演。
前置きとしてご自身のこれまでの経緯を説明。
戦後民主主義の申し子のような生い立ち、SFに興味を持ち、未来から現在を
見つめる視点の学生時代、70年代のカウンターカルチャー、80年代の持続可能
な社会への実践、90年代の先住民族の生き方への興味。

その中でアメリカ先住民族イロコイ連邦の教えが何とアメリカ建国に際し、
憲法立案に多大な影響を与えていたという、これまであまりに語られてこなか
った驚くべき事実に辿り着く。
ここからのお話は『魂の民主主義』に沿っているので詳細は省略する。
読後、書評を書こう書こうと思いサボっていたので、これを機会に近々書くつ
もり。乞うご期待?
ポイントは「民主主義の国」アメリカが、あまりにもその理想から遠のいてい
る現在であるが、そもそも本来の民主主義とは何か?という問いかけである。
その問いかけの中で「実は~」ということで、先住民族の知恵が源であること
が分かったと。インディアンが白人に平和的解決法としての民主主義の教えを
与えていたということ。その後アメリカの独立~フランス革命~そして日本国
憲法へと、その精神は伝播されてきたのだ。
星川さんは静かにしかし強くいう。
イロコイ族の教えは長い長い歴史の中で培われた知恵。それに比べればまだ現
在の民主主義は発展途上。日本国憲法は押し付けではなくプレゼント。本気で
使ってきたことはない(だからそれをどう生かせるかは今後の我々次第)。
後半のシンポジウム。

パネラーそれぞれの個性的な発言が刺激的。
中でもちょうど席を左右に分けるように、星川&高良(護憲派)×昌吉&ラミ
ス(改憲派)というようなフリクションが起こったことは、ここ沖縄という場
所ならではの、起こるべくして起きた出来事といえる。
誤解を招かないために確認するがこの「護憲」「改憲」を巡る「対立」は、も
ちろん対立などではない。民主的な議論だ。
(ラミス)
星川さんからイロコイ連邦の教えがアメリカ建国に与えた影響の話をしていた
だいた。私はイロコイ連邦から「学ばなかったこと」を話したい。
「脱退する」ということを考えると、アメリカは南北戦争でその芽を潰し脱退
できる制度を作れなかった。
明治憲法と日本国憲法の違いは、「朕」から「我々日本国民」へ、「臣民」か
ら「国民」へ代わったことだろう。
ところで日本国憲法の「我々」に、沖縄の人は入っていないのではないか?
復帰運動の時、沖縄の人が恋焦がれたのは、復帰すれば平和憲法の中に入れる、
ということだったはず。その平和憲法が機能していないのなら、その中に残る
必要もないだろう?
新しい憲法を作るということは、あらゆることを白紙にすることなのだから、
「我々」の中に誰が入っているのかを考え直すチャンスではないか。
基本的人権として、脱退するという選択肢も考えるべきではないのか?
(高良)
大事な時にみんなで決めよう、というのが憲法だ。
日本国憲法を作る際、政府案は前の明治憲法を踏襲する内容で、GHQはこれを良
しとしなかった。前の年に作成した民間案を参考に作成した。
その作成の間、窓の外は一面瓦礫の山。その光景を見て、どんな憲法をつくる
のかを思案したのだろう。
(星川)
イロコイは争いの絶えなかった5つの部族が集まり、white pine の根本を全
員で掘り、その中に武器を投げ入れ、埋めた。武器を捨てた。アメリカは捨て
られなかった。終戦後の日本も武器を捨てようと思った。イロコイと戦後日本
はその意味で共通している。人間は対等・平等であることが当たり前だとする
先住民族の世界に共感する。
一方で日本が捨てられなかったものがある。天皇制、戦争放棄、「沖縄放棄」
の3つがそうだ。
(伊高)
立憲主義を立て直すには?
(喜納)
国家単位で物事をつくるのでは今や追いつかない。地球単位、人類単位でなく
てはできない。
沖縄は日本にとって「地球上で一番近い異民族」。それでいいでしょう。

(ラミス)
2ついいたい。
1つは、あらゆることを白紙にすれば(沖縄が日本から脱退するといえば?)、
かなりの影響力があるのではないか。
2つは、冷戦時代、アメリカの外交官ケナン?が日本に来てマッカーサーに尋
ねた、「なぜ日本が軍隊を持たせるようにしないのか?」と。いくつかの理由
を述べたがその内の1つが「沖縄に米軍基地があるから」だったという。
護憲運動の裏には、沖縄に米軍基地を残すということがある。だから沖縄の護
憲運動は本土のそれと違うのだ。そのことを含めて憲法をどうするかを考えね
ばならない。
(高良)
私が何故帽子を被り続けているのか?
帽子を被っては国会の中に入れないんですね。女性がスカーフをしていても、
杖をついていても、国会には入れません。この決まりは明治憲法から来ていま
す。なんでそんなことをするのでしょう?中へ入りたい人を排除するのでしょ
う?その中で行われていることを知らされたくないからです。我々は情報を止
められているのです。あの中で行われていることを、国民に判るようにしなけ
ればならない。そういう抵抗で私は帽子を被っています。
(喜納)
平和憲法は日本にとって重いものではないか。日本にとって負担になる、いら
ないというのなら沖縄がそれを貰う。イロコイ連邦のワン・マインドをいうの
なら、それがワン・マインドだ。そういう意味で改憲をいっている。
(星川)
喜納さんのいう「想像的(想像的?)改憲」を否定してはいない。民主党内で
もどんどん議論すればいい。私が改憲ではなく護憲をいうのは、改憲が悪い方
に利用され流されていってしまう現状に於いて、改憲というのは戦略的に間違
っている、ということ。
(高良)
県知事を選ぶとかそういったことは選挙で選べばよい。でも人権を犯すような
ことは多数決で決めてはいけない。それは民主主義でできることではない。
(念のためおことわりするが、以上の議論はあくまで聞いたことをまとめたも
ので、文責は私にある。一元一句言葉通りのことを発言されたわけではない。
参加者のご指摘・訂正を歓迎する)
議論についてはこの位にしておこう。
特に印象に残った言葉がある。アメリカ先住民族の貢献について触れる中で星
川さんが語った、
「お互いを治める」という言葉。
お互いを治める。
新鮮で懐かしい言葉ではないか。
心の師と(勝手に)仰いでいる星川さんとは2002年の旅以来の再会。
終了後、短い挨拶ができた。
屋久島を離れグリーン・ピース・ジャパン事務局長就任につき東京での仮住ま
い、というニュースには驚いたと声をかけると、「めちゃくちゃ忙しくなって
しまった」とこぼしていた。それにしてもあの静けさの内の微笑みは全く変わ
っていなかった。連絡をしてくれと最後に言っていただいたのが嬉しい。
それ以来気分が更新されたような気がする。
充実した生を吹き込まれたようだ。
なにしろやたらと気分がいい。
関連記事:
今晩星川淳さんがテレビ出演
昌吉×ラミス『反戦平和の手帖』
「常識」を疑う知恵~『反戦平和の手帖』を読む
「憲法講演会シンポジウム」
魂の民主主義 イロコイ連邦・アメリカ建国・日本国憲法
~日本国憲法のルールを探る~講師 星川淳
会場:浦添市産業振興センター結の街三階大研修室
主催:民主党沖縄県総支部連合会
パネリスト:星川淳
琉球大学大学院教授高良鉄美
ダグラス・ラミス
喜納昌吉
コーディネーター:伊高浩昭
午前中にたまたま知ったこの情報には驚いた!
星川さんが来沖してイロコイ連邦についての講演会。
いずれ自分で実現したかった企画だがいつになるやらという感じだったので
とにかく実現できて良かった。
講演に先立ってTBS「ニュース23」での特集を上映。
前半が星川さんの著書『魂の民主主義』を中心としたお話し。
後半はパネラーを交えての憲法談義。
まず星川さんの講演。
前置きとしてご自身のこれまでの経緯を説明。
戦後民主主義の申し子のような生い立ち、SFに興味を持ち、未来から現在を
見つめる視点の学生時代、70年代のカウンターカルチャー、80年代の持続可能
な社会への実践、90年代の先住民族の生き方への興味。

その中でアメリカ先住民族イロコイ連邦の教えが何とアメリカ建国に際し、
憲法立案に多大な影響を与えていたという、これまであまりに語られてこなか
った驚くべき事実に辿り着く。
ここからのお話は『魂の民主主義』に沿っているので詳細は省略する。
読後、書評を書こう書こうと思いサボっていたので、これを機会に近々書くつ
もり。乞うご期待?
ポイントは「民主主義の国」アメリカが、あまりにもその理想から遠のいてい
る現在であるが、そもそも本来の民主主義とは何か?という問いかけである。
その問いかけの中で「実は~」ということで、先住民族の知恵が源であること
が分かったと。インディアンが白人に平和的解決法としての民主主義の教えを
与えていたということ。その後アメリカの独立~フランス革命~そして日本国
憲法へと、その精神は伝播されてきたのだ。
星川さんは静かにしかし強くいう。
イロコイ族の教えは長い長い歴史の中で培われた知恵。それに比べればまだ現
在の民主主義は発展途上。日本国憲法は押し付けではなくプレゼント。本気で
使ってきたことはない(だからそれをどう生かせるかは今後の我々次第)。
後半のシンポジウム。

パネラーそれぞれの個性的な発言が刺激的。
中でもちょうど席を左右に分けるように、星川&高良(護憲派)×昌吉&ラミ
ス(改憲派)というようなフリクションが起こったことは、ここ沖縄という場
所ならではの、起こるべくして起きた出来事といえる。
誤解を招かないために確認するがこの「護憲」「改憲」を巡る「対立」は、も
ちろん対立などではない。民主的な議論だ。
(ラミス)
星川さんからイロコイ連邦の教えがアメリカ建国に与えた影響の話をしていた
だいた。私はイロコイ連邦から「学ばなかったこと」を話したい。
「脱退する」ということを考えると、アメリカは南北戦争でその芽を潰し脱退
できる制度を作れなかった。
明治憲法と日本国憲法の違いは、「朕」から「我々日本国民」へ、「臣民」か
ら「国民」へ代わったことだろう。
ところで日本国憲法の「我々」に、沖縄の人は入っていないのではないか?
復帰運動の時、沖縄の人が恋焦がれたのは、復帰すれば平和憲法の中に入れる、
ということだったはず。その平和憲法が機能していないのなら、その中に残る
必要もないだろう?
新しい憲法を作るということは、あらゆることを白紙にすることなのだから、
「我々」の中に誰が入っているのかを考え直すチャンスではないか。
基本的人権として、脱退するという選択肢も考えるべきではないのか?
(高良)
大事な時にみんなで決めよう、というのが憲法だ。
日本国憲法を作る際、政府案は前の明治憲法を踏襲する内容で、GHQはこれを良
しとしなかった。前の年に作成した民間案を参考に作成した。
その作成の間、窓の外は一面瓦礫の山。その光景を見て、どんな憲法をつくる
のかを思案したのだろう。
(星川)
イロコイは争いの絶えなかった5つの部族が集まり、white pine の根本を全
員で掘り、その中に武器を投げ入れ、埋めた。武器を捨てた。アメリカは捨て
られなかった。終戦後の日本も武器を捨てようと思った。イロコイと戦後日本
はその意味で共通している。人間は対等・平等であることが当たり前だとする
先住民族の世界に共感する。
一方で日本が捨てられなかったものがある。天皇制、戦争放棄、「沖縄放棄」
の3つがそうだ。
(伊高)
立憲主義を立て直すには?
(喜納)
国家単位で物事をつくるのでは今や追いつかない。地球単位、人類単位でなく
てはできない。
沖縄は日本にとって「地球上で一番近い異民族」。それでいいでしょう。

(ラミス)
2ついいたい。
1つは、あらゆることを白紙にすれば(沖縄が日本から脱退するといえば?)、
かなりの影響力があるのではないか。
2つは、冷戦時代、アメリカの外交官ケナン?が日本に来てマッカーサーに尋
ねた、「なぜ日本が軍隊を持たせるようにしないのか?」と。いくつかの理由
を述べたがその内の1つが「沖縄に米軍基地があるから」だったという。
護憲運動の裏には、沖縄に米軍基地を残すということがある。だから沖縄の護
憲運動は本土のそれと違うのだ。そのことを含めて憲法をどうするかを考えね
ばならない。
(高良)
私が何故帽子を被り続けているのか?
帽子を被っては国会の中に入れないんですね。女性がスカーフをしていても、
杖をついていても、国会には入れません。この決まりは明治憲法から来ていま
す。なんでそんなことをするのでしょう?中へ入りたい人を排除するのでしょ
う?その中で行われていることを知らされたくないからです。我々は情報を止
められているのです。あの中で行われていることを、国民に判るようにしなけ
ればならない。そういう抵抗で私は帽子を被っています。
(喜納)
平和憲法は日本にとって重いものではないか。日本にとって負担になる、いら
ないというのなら沖縄がそれを貰う。イロコイ連邦のワン・マインドをいうの
なら、それがワン・マインドだ。そういう意味で改憲をいっている。
(星川)
喜納さんのいう「想像的(想像的?)改憲」を否定してはいない。民主党内で
もどんどん議論すればいい。私が改憲ではなく護憲をいうのは、改憲が悪い方
に利用され流されていってしまう現状に於いて、改憲というのは戦略的に間違
っている、ということ。
(高良)
県知事を選ぶとかそういったことは選挙で選べばよい。でも人権を犯すような
ことは多数決で決めてはいけない。それは民主主義でできることではない。
(念のためおことわりするが、以上の議論はあくまで聞いたことをまとめたも
ので、文責は私にある。一元一句言葉通りのことを発言されたわけではない。
参加者のご指摘・訂正を歓迎する)
議論についてはこの位にしておこう。
特に印象に残った言葉がある。アメリカ先住民族の貢献について触れる中で星
川さんが語った、
「お互いを治める」という言葉。
お互いを治める。
新鮮で懐かしい言葉ではないか。
心の師と(勝手に)仰いでいる星川さんとは2002年の旅以来の再会。
終了後、短い挨拶ができた。
屋久島を離れグリーン・ピース・ジャパン事務局長就任につき東京での仮住ま
い、というニュースには驚いたと声をかけると、「めちゃくちゃ忙しくなって
しまった」とこぼしていた。それにしてもあの静けさの内の微笑みは全く変わ
っていなかった。連絡をしてくれと最後に言っていただいたのが嬉しい。
それ以来気分が更新されたような気がする。
充実した生を吹き込まれたようだ。
なにしろやたらと気分がいい。
関連記事:
今晩星川淳さんがテレビ出演
昌吉×ラミス『反戦平和の手帖』
「常識」を疑う知恵~『反戦平和の手帖』を読む
2006年04月30日
「山内徳信さんを知事にする市民の会」結成の集い
「山内徳信さんを知事にする市民の会」結成の集いに行ってきたゼ。
あいにくの雨の中、参加者は50~60名程度だったか?たぶんその位。
マスコミ参加者も少なめ。
もう少し多いかなとの予想が外れるが、まだ要請前、ご本人もいない状況では
この程度だろうか。
オープニングアクト?を「合意してないプロジェクト」Oさんズの花獅子が飾る。
場内を一周、暖かく迎えられる。
景気付けとして、緊張緩和として効果大。

続いて歌とギター、開会のことば、経過報告、世話人選出、意見表明と続き、
最後にマスコミ記者会見を実施。
この集いのポイントは、市民が選び、行動する、という点にある。
やはりここでも沖縄の従来の政治状況にない「新しさ」を求める声が窺える。
市民選出の動きと、革新政党連合との連帯をどのように進めるかが重要だろう。
意見表明の中で、平良修さんがこう指摘した。
「辺野古の成功は組織力ではなく、個人個人の責任の力によるものだ、という
ことを山内さんは知っているはずだ」。
読谷村長時代から民意に尽くしてきた「本物の」政治家が、自分たちと同じ
レベルで行動してきたことを、会場に集まった者たちはみな知っている。

大事なのは、その人が「何を言ったか」ではなく、「何をしたか」だ。
尚、5月5日に世話人を中心にご本人に要請に伺う予定。
あいにくの雨の中、参加者は50~60名程度だったか?たぶんその位。
マスコミ参加者も少なめ。
もう少し多いかなとの予想が外れるが、まだ要請前、ご本人もいない状況では
この程度だろうか。
オープニングアクト?を「合意してないプロジェクト」Oさんズの花獅子が飾る。
場内を一周、暖かく迎えられる。
景気付けとして、緊張緩和として効果大。

続いて歌とギター、開会のことば、経過報告、世話人選出、意見表明と続き、
最後にマスコミ記者会見を実施。
この集いのポイントは、市民が選び、行動する、という点にある。
やはりここでも沖縄の従来の政治状況にない「新しさ」を求める声が窺える。
市民選出の動きと、革新政党連合との連帯をどのように進めるかが重要だろう。
意見表明の中で、平良修さんがこう指摘した。
「辺野古の成功は組織力ではなく、個人個人の責任の力によるものだ、という
ことを山内さんは知っているはずだ」。
読谷村長時代から民意に尽くしてきた「本物の」政治家が、自分たちと同じ
レベルで行動してきたことを、会場に集まった者たちはみな知っている。

大事なのは、その人が「何を言ったか」ではなく、「何をしたか」だ。
尚、5月5日に世話人を中心にご本人に要請に伺う予定。


