2008年03月30日

六ヶ所村ラプソディー上映会 in いとまん

南部にお住いで、まだ映画を観ていない方。
要チェックですよ!

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「六ヶ所村ラプソディー」上映会+六茶会 in いとまん
~ 冨田貴史さんを囲んで ~

六ヶ所にまつわる、これまでとこれから。
六ヶ所とつながる、私たちのくらし。
エネルギー、お金、食、いのち。

冨田貴史さんとともに、お食事しながら、お茶を飲みながら、
ゆっくりと語らいませんか。

日程/4月11日(金)
時間/18時~食事会、19時~上映、21時~六茶会
会場/みん宿ヤポネシア
料金/・上映会+六茶会 1,300円(定員20名くらい)
   (オーガニックコーヒーまたは地元産ハーブティーと、
手作りお菓子付き)
   ・夕食 900円(定員10名)
   ・宿泊付きプランもあります(定員8名)。
 「夕食+上映+六茶会+宿泊+朝食」で特別価格5,000円!

お問合せ・お申込み/みん宿ヤポネシア
メールはこちらから→http://www.yaponesia.com/mailform.html
098-997-2136
(要予約・先着順)

666666

映画「六ヶ所村ラプソディー」
2004年、六ヶ所村に原発で使った燃料からプルトニウムを取り出す再処理工場が完成した。村はすでに再処理を受け入れ、経済的にも雇用面でも必要だという考えが行き渡り、工場に依存しない生き方を目指す人は少数だ。その営みと、それぞれの選択を見つめてゆく。(2006年・鎌仲ひとみ監督・グループ現代)

六茶会
六ヶ所茶会を略して六茶会。映画「六ヶ所村ラプソディー」をきっかけに、暮らしの中のエネルギーと持続可能な社会のあり方について、意見交換をする場として誕生したお茶会で、すでに各地で行われている。

冨田貴史さん
名古屋在住。原発や再処理工場に実情を訪ね歩きながら「エネルギー」「平和」「核」をテーマにした勉強会やワークショップ、上映会などを全国各地で開いている。思考停止に陥らせるメディアでなく、思考と自立を促すメディアを。
冨田さんブログ:トミタタカフミ(冨田貴史)、radioactive

みん宿ヤポネシア
糸満市にある小さな宿。徒歩3分の大度海岸には珊瑚礁が広がり、ウミガメも産卵に来る。宿泊施設でできる社会運動のあり方を模索中。
  

Posted by 24wacky at 20:17Comments(0)TrackBack(0)イベント情報

2008年03月28日

2008年03月27日

沖縄でスローを考えるハチドリワークショップ

燃え盛る森にひとしずくの水を落としていく「ハチドリのひとしずく」は書籍化もされ、ご存知の方もいるかと思う。一定の知名度は得てきたようだ。このエクアドルの先住民族に伝わる話を主に環境問題に当てはめ、「私にできること」の実践を促しているのがNGOナマケモノ倶楽部。私も参加しているこの団体主催の「ハチドリワークショップ・インおきなわ」が、沖縄大学地域貢献室環境文化論講座第4回として16日(日)、那覇市の沖縄大学で行われ、約60名の参加者が集まった。

環境・文化・エコビジネスをテーマにしているナマケモノ倶楽部には、そのキーワードとして生産者との繋がりから始まるフェアトレード、マイ箸、マイバッグなどの利用をよびかけるzoony 運動、効率、成長優先ではなくあらゆる命を大切にするスロービジネス、電気を消してローソクの灯りで大切な時を過ごすキャンドルナイト、憲法9条の9を身近な生活に広めるための9LOVE(クラブ)、六ヶ所村核再処理施設稼動の問題をアーティストのパワーで情報発信するSTOP ROKKASHO、繋がりを取り戻すツールとしての地域通貨ナマケ、一人一人の心の豊かさを表すGNHなどがある。

活動紹介を終えた事務局長の馬場直子さんは「継続して取り組むことが社会を変えていく原動力。いっしょにナマケてみませんか」と、参加者に呼びかけた。

これに応じるように、既に沖縄で「ハチドリ的な」活動をしている個人、団体の活動紹介がされた。沖縄大学エコキャンパスクラブの与那嶺涼子さんは、使い捨て容器などゴミの削減を呼びかけるエコ学園祭の取り組みを紹介した。

県内複数の大学、専門学校から参加者がいるというアースフロッグスは、「学生の力で社会を変えよう」がモットー。NPOと協力して行政、企業に新しいメッセージを発信している。森田亜依子さんは学生による学生のためのマイバッグ普及活動について語った。

気候アクションセンターおきなわの渡嘉敷頼子さんは、省エネ家電の普及活動の紹介、環境学習で定評のある那覇市上原小学校の取り組みを他の小学校へも広めるためのパンフレット制作などについて語った。

糸満市で「みん宿ヤポネシア」を経営している福永貢介さんは「平和・自然・子供が宿のテーマであると同時に、自分たちの人生のテーマでもあります」と語った。宿で出す食事の食材は地産地消を心がけ、フェアトレードのコーヒーを提供しているという。

休憩明けには沖縄のラップアーティスト、カクマクシャカのミニライブで再開。一曲目の「この世界」で会場を盛り上げた後、「東京で活動している時、ナマケモノ倶楽部からインスプレーションをもらい、沖縄でも『100万人のキャンドルナイト』を実施した」とその繋がりを語った。その後もスピード、都市化をテーマにした「街の詩」などで、会場を独自の世界に引き込んだ。

その後「沖縄でのスローとは?」というタイトルで、カクマクシャカ、事務局長の馬場さん、私によるクロストークが行われた。最初に私が以下のように問題提起をした。

よく「温度差」と表現される沖縄と本土の意識の差の原因のひとつに、伝えら得るべき情報が伝わっていないことがあり、だからJanJanで市民記者として沖縄から情報発信をしている。

その代わり観光情報は溢れている。「癒しの島」「青い空・青い海・白い砂浜」「スローライフ」という。それらは本土側からの一方的な欲望の眼差しとして消費される。もちろん沖縄で生活している我々はこの島が「癒しの島」ではない現実を知っている。県民所得最下位、失業率一位、高い自殺率、米兵によるレイプ事件というようなその内実は「スローライフ」とはあまりにも程遠い。

ではナマケモノ倶楽部が掲げる「スロー」とはどういう意味か?世話人である辻信一さんの著書から引用すると、「文化というものをもう一度、『外なるもの』として構想し直す力を取り戻す」こと、とある。不登校、落ちこぼれなど「主流社会から始めからプラグしていない者たち」が、その具体的イメージだ。

これを読んで沖縄で「主流社会から始めからプラグしていない者たち」をイメージすると、例えば旧暦文化、共同売店、反基地運動、シマコトバ、・・・などが浮かび上がる。

カクマクシャカさんは「スローがブームになっているのは不思議。沖縄にいて『そこで金儲けができる』という雰囲気が伝わってくるのは変な気がする」とコメントした。

私はナマケモノ倶楽部の「~反対!」の先にあるオルタナティブな運動に賛同した上で、注意したいこととして、そのように楽しさを入口として入る人たちが、沖縄の反基地運動のような従来の運動スタイルに対するある種の偏見、マイナスイメージを持ち、現実として「~反対!」ばかりしているわけではない面もあるのにこれを避ける傾向があることを危惧した。

これに応じて馬場さんは「ナマケモノ倶楽部はSTOP ROKKASHOなどでも反対の意思表示をしている。特定の人の運動ではなくて、生活者自身の問題として常に間口を広げておくことが大事」と意見を述べた。

最後にこのクロストークを受けて参加者がグループに分かれ、ディスカッションをした。
あるグループからは「スローということと基地はどういう関係か?という問いかけがあり、スローは安心、安全、基地はびくびく、緊張状態であるから対局にある概念だろうという答えがあった」と発表した。

また別のグループからは「活動は楽しくなければいけないのか?という疑問がある。私の祖父は反戦地主で鉢巻をして運動をしてきた。そのスタイルが好きな人はそれでやればいいし、色々な選択肢があってこそのオルタナティブだろうということで納得した」と語った。


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Posted by 24wacky at 20:27Comments(0)TrackBack(0)言論の自由

2008年03月27日

アグーdeごはん!! Vol.2

本日のタイムス、皆さんご覧になりましたか?
「くらし」面でアグーの特集をやっています。
食の安全、地産地消、ウチナームン、ということで注目される沖縄の在来種の黒豚にスポットを当てています。

スーパーの陳列棚にも飲食店の「売り」としても最近やたら目立ちます。
中には怪しいものの見受けられますが、この記事を読むと、アグーについての基本情報が整理されていて理解を助けることでしょう。
ここで紹介されているのが山本大五郎氏の青空放牧だ

で、このアグーにスポットを当てたイベントが前回に引き続き下記の通り行われる。
前回はスタッフの不慣れな点からサービス面で課題があるというのが私の見方だが、今回はスタッフ増員もしているということで期待できるぞ。

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アグーdeごはん!! Vol.2 
日時:4月6日15:00~19:30
場所:那覇市にぎわい広場(那覇市松尾2丁目 第二公設市場跡地)
出店:青空放牧豚×名前のない料理店
    珈琲屋台ひばり屋(オリジナルコーヒー)
    ハルサー片岡(無農薬野菜、手作りクッキーなど)
    麦焼屋(天然酵母パン)
    がじゅまるガーデン特設コーナー(フェアトレードスペシャル!!)

お問合せはがじゅまるガーデンまで
TEL:098-868-7841
E-mail:assembly@okinawa-u.ac.jp


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前回いただいたメニュー 名前は忘れた  

Posted by 24wacky at 11:38Comments(0)TrackBack(0)イベント情報

2008年03月27日

「憲法を実践する村を歩く」

沖縄平和ネットワーク・ゲンちゃんからのお知らせだーぜ。

高良鉄美先生、知花昌一さんの講師付とはなんとも豪華。


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以下お知らせです~転送歓迎

沖縄平和ネットワーク学習会のお知らせ

2007年度憲法シリーズ第二弾・読谷編
「憲法を実践する村を歩く」

憲法を理念としてではなく、村づくりの実践に活かすことによって村内の米軍基地を撤去してきた読谷村。今回も闘いの現場を訪れ、当事者による話を聞いた上で、最後に憲法の視点から読谷村の取り組みについて捉えなおす座学の時間も設定します。ぜひご参加ください。
日時 3月30日(日)10時~16時
全体講師 小橋川清弘さん(読谷村役場)
憲法コメンテーター 高良鉄美さん(琉大大学院法務研究科長)
集合場所/時間 読谷村役場駐車場 9:50(現地集合が難しい方は下記まで連絡願います)
参加費 500円(ネットワーク会員または会員以外の学生) 1000円(会員以外)
定員 40名(会場の都合により)
日程(車に分乗しての移動を予定) 
読谷村役場→やちむんの里(昼食)→象のオリ跡(現地講師 知花昌一さん)→渡具知集落(現地講師 大湾近常さん)→渡具知公民館(憲法コメンテーターの講義、質疑、意見交流など)

※参加を希望される方は必ず事前に下記まで申し込みをお願いします。
※昼食は各自弁当等の持参をお願いします。

連絡先
沖縄平和ネットワーク〒902-0061那覇市古島1-14-6 教育福祉会館406 
TEL 098-886-1215(平日13~17時)FAX 098-882-2777 (常時)
緊急連絡先 090-9786-5237 
ホームページ http://www.okinawaheiwa.net/
  

Posted by 24wacky at 01:17Comments(0)TrackBack(0)イベント情報

2008年03月21日

「地元のため」という言説には注意せよ

QAB 検証 動かぬ基地84 誰が望む?滑走路沖合移動の虚実


特に県外から見た場合よく理解できないであろう辺野古新基地建設の問題点を見事に整理している。

もちろんこのリーダーを選んだのは沖縄県民だという冷徹な事実をまず確認する必要がある。

「地元のため」の「地元」とは誰を指すのか?それを望んでいない人たちは「地元」ではないのか?その境界はどれで誰が引くことができるのか?

「子供や将来のため」が容認の理由だと語る地元漁師。本当にそう思っているのか?何故一言「カネが欲しい」といわないのか? 

「ウチはカネが即欲しい。だから基地を受け入れる」というエゴイスティックな主張があってもよい。「那覇や名護にばかりおいしい思いをされて、こちらは深刻な不況だ。カネを貰って何が悪い」といってよい。

そういってこそ初めて、基地を受け入れることと拒否してそれ以外のオルタナティブを選ぶことのどちらが「経済的」な選択としてベターなのかの議論が成り立つはず。

そこで「経済的自立」とは?持続可能な経済とは?振興策はどれほど沖縄に利益をもたらしたのか否か?などなどの議論に発展する。

そういった議論をしないまま、あるいはしたくないからか、「子供や将来のため」などど誰も反論できない「美しい言葉」を金科玉条のごとく使うのは偽善以外のなにものでもない。



  
タグ :辺野古

Posted by 24wacky at 21:26Comments(11)TrackBack(0)NEWSを知りたい

2008年03月20日

読者投票で一位になっていた

JanJan5周年特集読者投票で「座間味のコトー~」が一位になっていることに今頃気づいた。
             ↓



3月14日付で結果が出ていた。

連載中(3)が選ばれているが全8本が選ばれたと捉えている。

読者から多くの支持を得たということは何よりもうれしい。

一年前の記事だが座間味の問題は現在進行形。

そこで闘っている人がいる。

そのことを伝えたい。
   
続きを読む
タグ :座間味

Posted by 24wacky at 18:39Comments(4)TrackBack(0)NEWSを知りたい

2008年03月20日

こんな声を聴いた その3 白い息吐き

カクマクシャカと話をしていると、「ビジネスとしての東京の音楽シーン」というような言葉がよく出てくる。当然それと対比されるのは「ビジネスだけでない沖縄の音楽シーン」だろう。

ただし前者が全てダメで後者が手放しで良いと razor sharp な彼がいっているわけではもちろんない。あるいはその逆をいっているわけでもない。

絶えずその双方の現場に立ち会いながら、往来を続ける彼の批評的態度、それこそ creative なのだ。

この日2曲目に披露された『街の詩』などは、それなしには生まれ得なかったといってよい。


急ぎ足 行き交う人の群れ 白い息吐き 俺は口笛
見上げた空は すぐ色を変え 何が欲しかったか 忘れちまう



沖縄では現象し難い「白い息吐き」行き交う人の群れを眺めながら「口笛」を吹く「俺」は、口笛を吹くというまさにその行為によって、そこからもそのスピードからもかろうじて自由であることができるようだ。

この街は東京に代表される都会の雑踏でもあるようだし、変貌を遂げる沖縄の都市部の風景といえなくもないし、あるいはどちらでもないのかもしれない。ただ、「俺」がとても孤独であることは間違いない。

ただその孤独がフォークの時代から表象されてきた地方から東京へ出てきた若者が訴える「都会の孤独」と明らかに違うのは、「俺」がトランスな空間に立っているから。

WSでのパフォーマンスで沖大講義室に還ってきた彼は、そこに居合わせた人たちをもその空間に誘った。  

Posted by 24wacky at 11:26Comments(4)TrackBack(0)言論の自由

2008年03月19日

こんな声を聴いた(アレの話) その2

懇親会ではアースフロッグスの何人かから尋ねられた。

「話が難しくてよくわからないところがあった。表札の話(名前を強制的に大和化された話)と、それがスローを考えることとどう繋がるのか?」
私は時間の都合でカットした話の後半部分をかいつまんで話した。すると彼女たちもようやく納得がいった様子。

もう1人の彼女は、どうしても話したいのだといわんばかりに
「自分も親と普天間基地の人間の鎖に参加したことがあった。だけど話にあったような(シュプレヒコールに拳の運動スタイル)人たちばかりで入り難かった」

「だから私も基地問題には関心があるし心を傷めているのだ」と訴えかけているように私には思えた。

「アレの話」(by カクマクシャカ)を語る適切な言葉をまだ持っていない彼女たち。
「アレの話」に対して、どのように意思表示をしたらよいか、他のやり方でも良いのだと分かったとしたら・・・

入口はエコバッグでも良い

戦争こそ最大の環境破壊であることをいずれ分かってもらえたら

そうすれば

アレの話はやめとこう にはならないだろう


アレの話(はやめとこう)
平和、平等が支配する日本 Tabooな話はしないのが基本
食えなくなったって良いなら話しな 家族がいるなら絶対なしだ
(by カクマクシャカ)
  

Posted by 24wacky at 11:47Comments(2)TrackBack(0)言論の自由

2008年03月18日

こんな声を聴いた その1

ハチドリワークショップ後半の問題提起を私は仕掛けた。
この5年間の沖縄生活で私に沁みついた思いのカケラたちが、
どうにかして形にしてくれと私を追い立てる。
私はそれをどうにか形にして表に出さなければならなかった。
そうすることによって、とりあえずこの先もここにいられる、
そんな思いに囚われながら。

この essay=試みは、図らずも「オキナワからヤマトをヤマトからオキナワを読む」というこのブログのアリバイと重なった。

その仕掛けへのレスポンスを確認したい。

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ディスカッションに入ろうと各グループに分かれてザワザワとしていた時に、1人のご婦人に声をかけられた。

「この後約束があるので帰らなければならない。だけどどうしてもいいたいので」こちらを見据えた彼女の表情には強い意志が感じられた。
「あなたの話を聴いてとても感動した。わたしが長年感じていたことを、あんなに分かりやすい言葉で話してくれて驚いている。わたしは宮古出身で、本土にも10年ほど住んでいた。今はうるま市に住んでいる。みんな分かっているのに今日のような話をしているのを聴いたことがない。あなたのような人が沖縄にいるとは・・・」

私は恐縮したが、ディスカッションのファシリテーターを任されているので、そのままじっくり話しを聴くことができない。
「よかったら少しでも参加しませんか?」と誘うと、彼女は応じた。

自分を含めて7人のグループ。まずは一人一人簡単に自己紹介してもらう。彼女は自分の順番が来たら、再び私の話がいかに素晴らしかった、思いのたけを吐き出した。そして言いたいだけ言い終えると、「それでは失礼します」といって去っていった。

名前を尋ねて返ってきたその名から思い出した。どうもどこかで見たことがあるような気がしていたのだ。ミニシアター支配人の仕事を辞め、プラプラしていた時、知り合いから声をかけられ参加した、ある教育系の集まり。その場に彼女もいたのだ。

その日は映画『与那国カウボーイズ』の試写をしながら、広く教育とは?をゆんたくするという内容だった。鑑賞し終わった後、それぞれが感想を述べるのだが、「自分は宮古出身なので、似たような環境から主人公が育っていくようで人事とは思えない」といっていたのが印象的で覚えていたのだ。

Zさん、またどこかでお会いしましょう。
このシマなら必ず会えるはず。

  

Posted by 24wacky at 21:12Comments(2)TrackBack(0)言論の自由

2008年03月17日

草稿 沖縄で改めてスローを考える

昨日のハチドリワークショップは盛況のうちに終わった。

JanJanに近々記事をアップする予定です。

オイラの問題提起部分は時間が押し、後半部分をカットせざるを得なかった。

以下に全原稿をアップします。

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【草稿】沖縄で改めてスローを考える


みなさんこんにちは。那覇市に住んでいるナマケモノ倶楽部会員の24wackyといいます。職業はフリーのライターをしています。インターネット新聞JanJanに沖縄在住記者として週一ペースで記事を書いています。


ナマケモノ倶楽部に入ったきっかけ
僕がナマケモノ倶楽部に入ったのは2001年春でした。この頃ナマケモノクラブの活動拠点のようなスペースが東京国分寺に生まれました。カフェスローという名前のカフェなのですが、単なるカフェではなく、様々な情報発信の場であり、様々な人が出会う場であり、イベントをする場であり、ブラジル、エクアドルなどの生産者との繋がりからフェアトレードで取引したオーガニックコーヒー、そのとても美味しいコーヒーを飲みながら南北問題について知るきっかけになる場であり、ストローベイルというエコロジカルな素材を内装に使った居心地のいい場であります。

ぼくは当時隣の国立市というところに住んでいて、このお店の噂を聞きつけ通うようになりました。そして会員になった、というのがそもそもの話です。ぼくはそこで仲間たちと環境系の読書会とか、地域通貨のイベントとか、スロームービーシアターという映画の上映会などをやったりしていました。だからナマケモノ倶楽部の活動に積極的に関わっていたというより、カフェスローという魅力的な場所でなにやら楽しいことをやっていた、という方が正しいと思います。そして何を隠そう沖縄に来る前の半年間、カフェスロー3階の屋根裏部屋に住んでいました。


沖縄へ来てからの活動
その後今から5年前に沖縄に来ました。沖縄に来るにあたっていろいろとやりたいことがありましたが、その中に「ナマケモノ倶楽部の活動を広めたい」というのがありました。でも結論を先に言うと、現在までナマケモノ倶楽部の活動を広めることはやってきませんでした。それはどうしてか?ということが、今日のワークショップ後半のテーマと実は繋がってきます。

といってもまったくやってこなかったわけではなくて、関連することは多少やってきました。ウィンドファームのコーヒーを取り扱ってもらえるよう、目をつけたカフェに頼んでみるとか。実際何件か扱ってもらっています。「わたしにできること」を100冊注文して様々な場所で広めました。カフェにおいてもらたっり、幼稚園の絵本の読み聞かせで読んでみたり。ナマケモノ倶楽部の会員でもあるピアニスト、重松壮一郎のコンサートのサポートを何度かやりましたが、ウィンドファームのコーヒーを出すことと、ハチドリのはなしをすることは必ずやりました。

重松壮一郎のように、県外で活動をしている様々な人たちが活動を広めるために沖縄に来ます。そういった人たちのサポートをするということを何度となくやってきました。そのいくつかを紹介します。

青森県六ヶ所村核燃料再処理施設の危険性を音楽で全国に広めようと活動するCyclub。
これは糸満でのライブのレポートです。

ぼくは最後の方でこう書きました。

ライブの情報を知らずに昼ごはんを食べにきた男性客の1人は、そばを食べる手を休めパフォーマンスに集中した。「活動はよく理解できた。がんばってほしい。同時に沖縄の基地問題も感じて下さい」と客席からエールを送った。沖縄ならではの反応だろう。通常こういうケースでよくある反応が「このような事実があることを初めて知って驚いた」と自ら反省するパターンだ。沖縄の側からすれば「それはそうだろうが、そういうあなたは沖縄の問題をどれくらい知っているのか?」と問い返す「戦後」の経験を持っている。サイクラブ☆にはこのレスポンスを新たな糧として、六ヶ所村に加えて沖縄の問題も本土へ伝えるべく音の旅を続けて欲しい。


つまり、本土から一方的に情報を伝えるだけでなく、沖縄に足を踏み入れたからには、沖縄の問題も知った上でそれを本土へ持ち帰ってほしいということです。

もう1人、六ヶ所村の問題を伝えて全国を廻っているトミタタカフミさんという方がいます。彼は映画『六ヶ所村ラプソディ』の自主上映会を通じ、ナビゲーターとして活動しています。彼は1年半の間に沖縄に3回来ていて、ぼくもサポートをしてきました。彼が同じ映画の上映で一度ならず沖縄へ来る理由は、もちろん本格的稼動が迫るこの問題をリアルタイムで伝えたいという思いがあるでしょうが、同時に彼自身が沖縄の問題を常に肌で感じたいという強い思いがあるのだろう、とそばで見ていて感じました。そしてそれは回を追うごとに強くなっているように見えます。

昨年11月「虹の祭り」というイベントが奈良でありました。ナマケモノ倶楽部世話人の中村隆市さん、辻信一さんも出演し、ハイライトは来日していたセヴァン・スズキのスピーチで盛り上がりました。そしてこのイベントにはCyclub、トミタタカフミさんも出演していました。Cyclubはこのステージで未完成の新曲を披露してくれました。Ring of Fire というその曲は沖縄滞在時に作った曲だそうです。辺野古、高江という固有名詞が出てくる基地問題を扱った曲です。

そして同じステージでトミタタカフミさんは、六ヶ所村の話といっしょに沖縄の基地問題を紹介していました。

彼らにとって沖縄へ来る前は六ヶ所村の問題をいかに知ってもらうかが重要だったのですが、実際沖縄へ来て基地問題というその現実に衝撃を受け、新たなミッションとしてこの問題に取り組む、全国へ広めるということを加えざるを得なかったのです。


根は同じか?
彼らは共通して同じことをいっていました。「六ヶ所村の問題も沖縄の基地問題も根は同じである」と。ここからが大事なことなのでよく聴いて下さい。ぼくはそれに対してこう答えます。「根は同じであって、同時に同じでない」と。そしてこれが先ほどの「どうしてこれまでナマケモノ倶楽部の活動を広めることをやってこなかったのか?」に対する答になります。

「根は同じ」という意味は、彼らがいっているであろうことと同じ意味、国家や資本制経済といった大きな力が強いる構造的な問題こそが根であり、それは六ヶ所村であれ沖縄の基地問題であれ同じであると。

では「根は同じではない」とはどういうことでしょうか?六ヶ所村で再処理工場に反対する運動をしている人たちが実際感じるプレッシャーというのは、国家や資本制経済といった大きな力でしょう。国家にしても資本制経済にしても目に見えないものです。だからどう立ち向かっていけばいいのか分からない、得体の知れないところがあります。一方沖縄のひとびとから見て、米軍基地に反対する場合、その相手はフェンスの向こう側にいるアメリカ軍であり、そしてそれ以上にそれを押し付けている日本、日本人というようにはっきりと目に見える存在です。つまり沖縄のひとびとにとって「根は同じではない」のです。そしてこれは、沖縄と日本の関係性に因る認識の問題です。


沖縄と日本は対等な立場ではない
ここで昨年訪れたある町のスナップをお見せします。


どこだか分かりますか?





大阪の大正区というところが沖縄出身者のコミュニティであることはぼくなどがいうまでもなく皆さんご存知かと思います。


この写真が何を意味するか…さんは分かりますか?

明治国家は近代化の過程で独立国家である琉球を組み込みました。そして徹底した皇民化教育、方言撲滅、生活習慣の「大和化」を強制しました。沖縄独自の名前も読み難いからという理由で大和風に変えられました。仲村梁(ナカンダカリ)を仲村に、島袋(シマブク)を島に改めたり、金城(カナグスク)の呼称を「きんじょう」に、というように。同じようにツハさんは日本社会に受け入れられるためにツナミという音声言語に名前を変更したのです。この表札から読み取るべきなのは、そうせざるを得なかったツハさんが日本社会で生活してきた歴史の過酷さであり、日本の植民地政策であり、沖縄と日本の対等でない関係、それは清算された過去の出来事ではなく現在まで続いている問題であります。「根は同じではない」ということを別の言葉で言い換えると、沖縄と日本は対等な立場ではない、ということになります。

ところで環境問題や平和を訴えることは普遍的なことだと思われています。沖縄であれ秋田であれ東京であれどこであれ、それらは共通する課題であると見なされます。これら「普遍的」な問題を訴えに、広めに、啓蒙しに、沖縄には県外から様々な個人や団体がやってきます。ここで気をつけたいのは、普遍的なことを啓蒙するためには、あらかじめその相手との間に共有できるコードがあることが前提となっているはず、ということです。「このテーマは普遍的なものだからきっと分かってもらえる」と。

このような啓蒙者が陥りやすいのは、相手との関係が対等ではないのに、それが見えず、あるいは見ないふりをして対等であるかのように振舞う、装うことです。対等でないことに自覚的なのは常に踏みつけられている者で、踏みつけている側はそれを知らずにすみます。そういう者ほど相手に共有するコードがあると信じて疑わず、対等でないなどとは思いもよりません。これを「無知の権力性」と呼びます。

私は沖縄と日本の間に共有するコードはあると思うし、環境問題や平和の問題など普遍的な問題は、沖縄も日本も違いはないと思います。それについて啓蒙することもできるし、沖縄と日本が繋がることもできると信じています。ただ、それをする前に、まず対等でないという現実を踏みつけている側が知ることが不可欠であり、知った上で対等になるような実践をすること、そのことで初めて両者が対等になる条件が揃うのだと思っています。だからぼくは、ナマケモノ倶楽部の活動を広めるという「普遍的な」活動をすることを控えたのです。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これは私から事務局へのメッセージです。ハチドリワークショップは今回全国数箇所を廻り、最終地がここ沖縄だったわけです。恐らく他の地域では、前半行ったようなものと似た内容が行われたのではないでしょうか。それからすると後半のテーマというのは、ちょっとズレている。そのことに恐らく事務局は不審に思っているかもしれません。今回私は意図的にずらしたのです。そのような内容のワークショップをやることはもちろん意義のあることだと思いますが、その前にやることがあるだろうと。最初にこのテーマをやっておかないと、これまで話をした理由から沖縄とナマケモノ倶楽部は繋がらないだろうと危機感を持ったのです。そしてそれがナマケモノ倶楽部と沖縄を繋ぐ媒体としての私の倫理、あるいは責任だと感じました。


それではようやく本題に入ります。冒頭で私の仕事について触れましたが、この仕事を始めた動機をお話しさせていただくことによって、今回のテーマに話を?げていこうと思います。

JanJanは「市民の市民による市民のためのメディア」というキャッチコピーを掲げています。プロの新聞記者ではない一般の「市民記者」が、メジャーメディアとは違った切り口で情報を発信するこのスタイルは、メジャーメディアへの批判精神が根底にあります。メジャーメディアは伝えるべき情報を必ずしも伝えていない、という批判精神が。

この「伝えるべき情報が伝わっていない」ということでいうと、沖縄の情報こそ最も当てはまるのではないだろうか?と本土出身の者として切実に感じます。基地問題を中心とした様々な深刻な問題は、驚くほど本土の新聞、テレビなどでは報道されることが少ない。これは大きな問題です。なぜなら、沖縄の基地問題は沖縄という地域のローカルな問題などでは決してなく、日本の、いや広くいえばアメリカという巨大な軍事国家が制する世界的な問題だからです。

沖縄と本土の「温度差」とよくいわれます。いくつかある原因の一つが「伝えるべき情報が伝わっていない」ことに起因すると私は思っています。その代わり、観光情報は溢れています。「癒しの島」「青い空・青い海・白い砂浜」「スローライフ」という。それらは本土側からの一方的な欲望の眼差しとして消費されます。もちろん沖縄で生活している我々はこの島が「癒しの島」ではない現実を知っています。県民所得最下位、失業率一位、高い自殺率、米兵によるレイプ事件というようなその内実は「スローライフ」とはあまりにも程遠いものです。

一方ナマケモノ倶楽部には「スロー」というコンセプトがあります。先日友人に「今度ナマケモノ倶楽部のワークショップを沖縄でやるんだ」と伝えたところ、「ナマケモノ倶楽部って、あのスローライフのでしょ」という返事が即座に返ってきました。その返事からは沖縄が表面的なスローライフブームの対象にされてきたことへの違和感のようなものが私には感じられました。

おきなわスロー


ではナマケモノ倶楽部のいう「スロー」とは果たしてそういう意味でしょうか?

ここでナマケモノ倶楽部世話人・辻信一さんの著書「スロー・イズ・ビューティフル」から引用します。

マスメディアは今、さかんに「スローライフ」を演出している。「ゆっくり」、「ゆったり」、「のんびり」、「ゆとりある」、「のびのび」。そして「緑の」、「森に囲まれた」、「環境にやさしい」といった「エコロジカル・ライフ」のイメージの群れ。環境教育、エコ・ツーリズム、アウトドア、スロー・フードなどのコンセプトに飛びつく大企業。スローとエコの商品化。~

これが、ぼくたちの時代の「文化」(カルチャー)なるものの寒々とした現状なのだ。ぼくたちに求められているのは、文化というものをもう一度、「外なるもの」として構想し直す力を取り戻すことではないか。国の内にあるように見えながら、国の成り立ちの外にもあるものとしての文化。資本制の中に取り込まれているように見えながら、同時に貨幣経済や自由競争主義の外にあるものとしての文化。国家や資本が規定する時間と空間の枠組みの外に立つものとしての文化。~

主流社会に始めからプラグしていない者たち。そこからアンプラグした者、しつつある者たち。そのイメージとは、例えば、不登校、「落ちこぼれ」、「脱サラ」、障害者、ヒッピー、地方自治、地域通貨、コミュニティ・ガーデン、脱ダム、脱原発、草の根エネルギー運動や省エネ運動、今も世界に散在する先住諸民族。


ここで一番重要な点は、文化というものをもう一度、「外なるもの」として構想し直す力を取り戻すという箇所です。ちょっと難しいことをいっているようですが私なりに解釈すると、国家や資本の埃にまみれたシャツを洗濯してみると、そのシャツがそれまでとは違ったシャツに見えてくる、というようなことです。例えば不登校というのは学校に馴染めず通えなくなる、つまり脱落者のマイナスイメージですが、競争社会、管理社会に適合できなかった健康的な人というポジティブな見方も可能です。

次に「主流社会から始めからプラグしていない者たち」ということで連想される沖縄のイメージを私なりに続けてみます。そもそも「沖縄」それ自体がこの中に入るという気もしますが、そういったら沖縄の人は怒るでしょうか?この場合「主流社会」というのはヤマトゥを指すでしょう。とにかく挙げてみます。旧暦文化、共同売店、反基地運動、イノー、シマコトバ、スージグヮ・・・

一方本土の「沖縄好き」が口にする沖縄文化とは例えば以下の通りです。青い空・青い海、三線、エイサー、ウチナーグチ、オジイ・オバア、聖地、ナンクルナイサー・・・。もともと固有の文化だったこれらは、観光という欲望の消費者=ヤマトーンチュによって、差異を「発見」され、適当に捏造され、資本制の「商品」となります。さらに売るものの少ない沖縄自身がこれら「売れる」商品の再生産に加わります、自らの身体さえ差し出して。

これらいったん国家や資本の埃にまみれ手垢のついた沖縄の文化を構想し直すことは可能か?構想し直すのは誰がするのか?文化を構想し直すとはどのような作業をいうのか?

ナマケモノ倶楽部のユニークな運動のひとつに「ズーニー運動」というものがあります。HPからまた辻さんの言葉を引用させて下さい。

zoonyとは、否定の先をみること。今までは、「~せずに。」「~しない。」反対。文はそこで終わっていた。否定の先が見えなかった。zoonyは、否定の先へと進みでること。英語で言うオルタナティブ。「~せずに・・・する。」“・・・”のところに新しい可能性が開ける。


自動販売機やコンビニで缶やペットボトルの飲み物を買わずに水筒を持ち歩く。割り箸を使わずにマイ箸を使う。買い物にはレジ袋を使わずにマイバッグを愛用する、などがその具体例です。マイ箸にしてもマイバッグにしてもそれぞれなんら目新しいものではありません。以前から環境に関心の高い人々の間では半ば常識でさえありました。今日この会場にお越しの方々の中には「そんなことはとっくの昔にやっている」という方もいらっしゃるでしょう。

ナマケモノ倶楽部はそれらを限られた一部の人たちのものから、幅広い層に広げる努力をしています。自ら商品開発をし、若者にもお洒落と感じる「カワイイ」商品に仕上げ、ライフスタイルの一部にしようというのが目的です。このあたりが「文化を構想し直すこと」ではないかと捉えています。

一方「反対!」をずーーっといい続けてきたのが沖縄の反基地運動です。わたしは東村高江で行われている米軍ヘリパッド建設に対する座り込みによる阻止行動に昨年来参加してきました。そこで「反対!」だけではない多様な形の運動が生起するのをこの目で見てきました。

高江で阻止行動をしている人たちのほとんどはそれまで反対運動というものをしたことがない人たちでした。そして従来の反対運動のスタイルーー鉢巻にタスキ、幟を立てコブシを上げ「はんたーい!」というスタイルに違和感を持っていました。なるべくならそういう形を避けたい、というのが彼らの本音だったはずです。ところがいかんせん彼らだけでは少人数ゆえ阻止できません。高江以外からも支援が必要です。その支援者の中には運動のベテランたちがいます。運動のやり方を知らない高江の人たちはベテランのやり方にある程度従わなければなりません。これは7月2日の日付、座り込み初日の模様です。






「反対!」とやらされていますが(笑)、よく見るとこのへんの人たちはコブシを挙げていませんね。全体的にいやいややっている感じが出ています。

この音頭をとっているのは平和運動センターの山城さんという方で、私は“ミスター・シュプレヒコール”と呼んでいます。この方のスタイルは古典的な反対運動のスタイルといって良いかと思いますが、古典の中にも時にユニークなパフォーマンスを見せてくれます。



山城さんは団体からたった一人で、初日以来長い期間泊り込みで阻止行動を続けました。山城さんの熱意に打たれた高江の人たちは徐々に山城さんのスタイルを受け入れるようになりました。また山城さんにとっても、高江の人たちはそれまで会ったことがないタイプの新しい人たちと映り、新鮮さを感じたようで「ここにいるのが楽しくて仕方ない」といっていました。

座り込みに参加している人たちにも生活があります。お母さんにはお母さんの仕事があります。座り込みと日々の仕事と両立しなければならなくなりました。女の生活の知恵というのは素晴らしいもので、洗濯物を座り込みのゲートに干すようになります。ここには「ズーニー運動」に通じる楽しいオルタナティブな運動があります。

「ヘリパッドいらない」住民の会の人たちの多くが、高江の自然に魅せられ移り住んできた人たちです。無農薬農家、工芸家、手作りカフェの経営者などなど。物質的な豊かさを求めずに自然に囲まれた生活を選んだ人たちといってよいでしょう。つまり「ズーニー運動」を実践して高江で生活していたら、新たなヘリパッド建設の問題に直面したわけです。そこで彼らはヘリパッド建設を受け入れずに独自のスタイルで反対運動を始めたのです。これも「ズーニー運動」です。彼らこそ「スロー」といってよい。決して「反対!」ばかりいっているわけではありません。

ところがそういう彼らをマスコミはどう表現するか?
「反対派」と一言で片付けます。「反対派」という言葉からみなさんはどんなことを想像されるでしょうか?「サヨク」、なにかよからぬことを企んでいそうな危険人物、反対ばかりしている非現実的で依怙地な人たち・・・こんなところでしょうか。ところで「反対派」と短く書くとき、誰にとっての「反対派」なのでしょうか?一見中立的な立場を装った見出しの書き手は、事業を推し進めようとしている国家の立場を代弁していないでしょうか?意図的なものかそうでないかは別として、このような情報操作ともいえることが、沖縄のメディアでさえ行われていることはどんなことをもたらすか?

「反対」することがあたかも悪いこと、主流ではないこと、無前提にけしからんことと世間がみなすようになることです。これは恐ろしいことです。このような風潮が蔓延したとき、既に戦時下に入っているといってよいと思います。沖縄では選挙のたびに保守政治家が革新側を批判する言葉として、「反対ばかりいって現実的でない」と批判します。なんとなく同意見の人も少なくないのではないでしょうか?

「ズーニー運動」をしている人、あるいはそれに魅力を感じる人というのは、先ほど例に出した従来の運動スタイルに抵抗がある。「でも社会の様々な問題に対して、このままではいけない、自分も何かしたい」というような人が多いのではないでしょうか?私もそのうちの1人ですが、ここで一言注意を促したいのは、このような情報操作に影響されて、「非政治化」しないでほしいということです。「反対!反対!といっていても基地は無くならない。それよりお洒落なエコバッグを持つ方がかっこいい、というように。「zoonyは、否定の先へと進みでること」とありますが、かといって否定を忌避すべきではないでしょう。「反対」すべき時は正々堂々と「反対」すべきです。高江の座り込み運動に参加して気づいたことはそういうことです。

たまたま基地問題に焦点を当てましたが、もちろんそれ以外のことにもいえるでしょう。みなさん一人一人が関心を持つ身の回りの文化を構想し直す、あるいは「~せずに・・・する。」このように、沖縄での「スロー」を構想し直すことは愉しい作業ではないでしょうか?





  

Posted by 24wacky at 22:47Comments(4)TrackBack(0)言論の自由

2008年03月17日

ハチドリWSをQABが

報道しています。 
   ↓
http://www.qab.co.jp/01nw/08-03-16/index4.html



「環境にやさしく心地よいスローライフ」にfuck一票!

オイラのトークの前で帰りやがったからな~

せっかく岸本記者も来ていたのに。

まあ、適当にあしらわれてしまった、ということですな。

えばっていると評判の shinako がはしゃぎ過ぎくらいに
好印象だったのが笑えて良かったのがせめてもの救い。

  

Posted by 24wacky at 00:09Comments(0)TrackBack(0)NEWSを知りたい

2008年03月11日

国道20号線

mixiの矢崎仁司コミュのトピックで見つけた。

国道20号線

個人的にかなりそそられる映画だ。


国道20号線といえば以前住んでいたくにたちを通っていたので馴染み深い。

ちなみに新宿からこのあたりはずっと甲州街道と名付けられている。

RCの不朽の名曲『甲州街道はもう秋なのさ』で歌われているが、

私はこの曲を聴くたび軽くトリップしてしまう。


国道20号線をググってみたらWikipediaにこんなことが書いてあった。

府中を過ぎ国立インター入口交差点を左折すると日野バイパスに入る。日野バイパスは2007年3月24日に全線開通し、2007年4月1日より日野橋経由の甲州街道は都道(東京都道256号八王子国立線)となった。

そうなんだ~。
このへんは良く自転車を乗り回したものだ。
懐かしいね。  

2008年03月10日

ONECEダブリンの街角で

ONECEダブリンの街角でを観た。

ドシドシブアツイラブソング満載の傑作。
音楽を愛する全ての人に観て欲しい。

音楽を信頼している監督だなあと感心したら、バンドの元ベーシストだったということで納得。

主人公の二人もそうだが、周りを固める演者たちがみな良い。

なかでも急遽レコーディングメンバーとなった、同じくストリートミュージシャンのドラムのお兄ちゃんがなんともいえず良い。

ヒロインがチェコスロバキアからの移民という設定だが、
チェコからダブリンへの移民という状況に詳しい人がいたら教えて欲しい。
  

2008年03月10日

2008年03月09日

ドシドシブアツイラブソングその4



君にだけわかる言葉

メンフィス・サウンド!  
タグ :忌野清志郎

Posted by 24wacky at 20:54Comments(0)TrackBack(0)YouTube

2008年03月08日

ドシドシブアツイラブソングその3



君が僕を知っている

コーヒーをぼくに淹れておくれよ

二人の この部屋の中で

ぼくらはここにいる

灯りを暗くして

君が僕を知ってる



ここが特に好き  

Posted by 24wacky at 21:18Comments(0)TrackBack(0)YouTube

2008年03月07日

ハチドリWS告知をタイフーンFMポッドキャストで

16日のハチドリWSの告知で、タイフーンFM本日13時から
ミショウクン、コースケクンが出演。
その模様がポッドキャストで聴くことができるぞ。

いやー、ナビゲーターのフォロー、さすがですね。
    ↓


ちなみにオイラは朝から原因不明のめまい、吐き気、下痢にみまわれトホホ・・・

それから、来週12日(水)夜9時からFMたまん「ボヘミアンいちまん」でも告知するぞ。
この番組、過去2回出演しているオイラ。
また出ようかな。  

Posted by 24wacky at 21:06Comments(0)TrackBack(0)イベント情報

2008年03月06日

ドシドシブアツイラブソングその2



くにたち時代

自転車通勤で

多摩蘭坂上り下りしてました

映像に写っている歩道に建てられた電信柱の横を通るのにテクニックがいる

全国から来たファンの落書きが書きなぐられた石垣も

その後の高層ビル建築で壊され今はもうないはす

母親への想いをラブソングに昇華したところが渋すぎる

それにしてもこの映像、いいなあ  
タグ :忌野清志郎

Posted by 24wacky at 22:11Comments(0)TrackBack(0)YouTube

2008年03月03日

ドシドシブアツイラブソングその1



ぼくの自転車のうしろに乗りなよ


ああ 我がくにたち時代よ・・・

  

Posted by 24wacky at 19:34Comments(0)TrackBack(0)YouTube