2005年08月25日
中間領域
オキナワからヤマトを、ヤマトからオキナワを読む、
その中間領域とは。
~私がトランスクリティークと呼ぶものは、倫理性と政治経済学
の領域の間、カント的批判とマルクス的批判の間のtranscoding,
つまり、カントからマルクスを読み、マルクスからカントを読む
企てである。私がなそうとしたのは、カントとマルクスに共通す
る「批判(批評)」の意味を取り戻すことである。いうまでもな
く、「批判」とは相手を非難することではなく、吟味であり、む
しろ自己吟味である。
『トランスクリティーク』柄谷行人著
という態度のこと。
「オキナワ」に対してはヤマトから、
「ヤマト」に対してはオキナワから、
相互作用的な場所で(自己)吟味する。
あたかも動物にも鳥にもなれないコウモリのように。
ひんやーりしてます。
その中間領域とは。
~私がトランスクリティークと呼ぶものは、倫理性と政治経済学
の領域の間、カント的批判とマルクス的批判の間のtranscoding,
つまり、カントからマルクスを読み、マルクスからカントを読む
企てである。私がなそうとしたのは、カントとマルクスに共通す
る「批判(批評)」の意味を取り戻すことである。いうまでもな
く、「批判」とは相手を非難することではなく、吟味であり、む
しろ自己吟味である。
『トランスクリティーク』柄谷行人著
という態度のこと。
「オキナワ」に対してはヤマトから、
「ヤマト」に対してはオキナワから、
相互作用的な場所で(自己)吟味する。
あたかも動物にも鳥にもなれないコウモリのように。
ひんやーりしてます。
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