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2017年01月22日

『蒲田の逆襲 多国籍・多文化を地でいくカオスなまちの魅力』

『蒲田の逆襲 多国籍・多文化を地でいくカオスなまちの魅力』

 「危ない」「汚い」「騒がしい」というネガティブなイメージをもたれる蒲田を、地元愛溢れる著者が「そうではなく、こんなに魅力的なのです」と「逆襲」していく。そしてそれは成功している。丹念なリサーチによって、地元の私でも「え、そうだったんだ!」と初めて知る驚きの情報もあり、カオスな地域性はわかってはいたものの、その深さが豊饒さであることに気づかされる。

 そのなかでも、蒲田が舞台となった本や映画などのまとめがうれしい。大田区を代表する旋盤工兼小説家の小関智弘の『羽田浦地図』は、終戦後、米軍の強制退去命令によって生活の地を追われた羽田の住民たちの30年後を描いている。小説の魅力以外にも、1984年にNHKによって、緒形拳と藤村志保主演でドラマ化されているという。

 小関は他の著作でも戦さにこだわり続けた(ちなみに小関は1950年代前半のサークル活動にも参加していたことが、道場親信著『下丸子文化集団とその時代』に記されている)。著者は小関の著作からの引用の後、こう記す。

 私は沖縄の基地問題の報道をみるたびに、この羽田の強制撤去のことを思い起こし、小関智弘さんが描いた『羽田浦地図』でのひとびとの姿が目の前をクロスしていきます。沖縄の基地問題は、決して東京の人間にとって、遠い地域の話ではないでしょう。羽田空港もまた大きな犠牲を強いたのです。羽田で暮らして来たひとたちが築いてきた、文化、産業、暮らしを奪ったわけです。他の空港、大規模な公共開発工事の陰に、市井のひとびとがどれほどの犠牲を強いられるのか。そしてそれはいつか分からぬうちに、ある日突然、私たち自身にも訪れる可能性があるということを、この羽田の歴史は教えてくれるでしょう。
(84ページ)

 本書は娯楽的な内容であり、決して人文書ではないが、要所要所にこのように挿入される著者の見解は「読ませる」クオリティを約束する。もっとも「私たち」と書くとき、あらかじめそこから沖縄のひとびとを外部として除外する無意識の暴力性がそこに含まれていることは指摘しなければならないが。

 ところで「汚い」というイメージは町工場からきているようだ。その町工場もバブル崩壊後激減する。廃業した町工場の跡地には、マンション開発などが進み、新しい住民が移り住む。彼らのなかには、そこが町工場によって支えられてきた過去を知らない者も少なくない。騒音や悪臭の苦情を平気でする。町工場は、防音、防臭対策を施し、シャッターを降ろしながら作業をせざるを得ない。まさに我が地元の現在の光景である。著者は、大田区が主催する町工場散歩ツアーに参加し、無口な職人に恐々と声をかけ、彼らの誠実な仕事ぶりに感動することを忘れない。

 著者は蒲田の魅力を、新しいもの、異質なものに対して抵抗のない多様性だという。その意味で次の指摘は見事である。

 それぞれの町に、それぞれの場所には、そこに合うファッションや行動というものがあるかと思います。しかし、蒲田にはそんなものは皆無と言っていいでしょう。おしゃれをしても、普段着でも、ちょっととんがった格好をしたって、どれもそんなに目立ちません。老若男女という言葉では足りない、さまざまなタイプのひとが混在しているからです。さまざまなタイプの人が集まりやすいというのは、それだけその土地に受け入れる土壌がなければ成り立ちません。蒲田にはそういう土壌がたっぷり育っているのです。
(226ページ)

 最後に、本書で参照される本、映画など蒲田関連で個人的に気になる情報をメモしておく。

小沢昭一『随筆随談選集②せまい路地裏も淡き夢の町』晶文社
井伏鱒二『本日休診』新潮文庫 
小関智弘『羽田浦地図』現代書館
近藤富枝『馬込文学地図』中公文庫
絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』文春文庫
佐々木譲『犬の掟』新潮社
高村薫『レディ・ジョーカー 上・中・下』新潮文庫

『本日休診』松竹
『やわらかい生活』松竹
『海の畑』NHK 海苔作りを営む家族が直面する漁業権放棄の選択を描いた嵐寛寿郎主演のドラマ
『羽田浦地図』NHK
『遠回りの雨』日本テレビ


『蒲田の逆襲 多国籍・多文化を地でいくカオスなまちの魅力』
著者:田中攝
発行:言視舎
発行年月:2016年10月31日


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