てぃーだブログ › 「癒しの島」から「冷やしの島」へ › 今日は一日本を読んで暮らした › 『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』永江朗

2019年12月28日

『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』永江朗

『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』永江朗

 嫌韓反中などのいわゆるヘイト本が本屋で平積みされているのを目にし、著者は不快を感じる。在日コリアンの人びとをはじめ、それらを目にした誰かが深く傷つくことへの想像力があまりにも欠けていはしないかと。

 前半では、書店、出版取次、出版社、編集者、そしてライターへのインタビューを通しその疑問を明らかにすようとする。その結果、著者は「出版界はアイヒマンだらけ」という率直な感想をもらす。彼らの多くは、売れるから売っているだけであり、ヘイト本は他人事に過ぎないのだと。アイヒマンとは、ナチスドイツのユダヤ人虐殺実行犯トップの男である。彼のあまりにもどこにでもいそうな、与えられた仕事を淡々とこなす態度に、裁判を傍聴した哲学者ハンナ・アーレントが驚きをもって「悪の凡庸さ」と名づけた。

 このインタビューに肉付けされるのが、長年出版業界に携わってきた著者ならではの後半の論考である。著者によれば「アイヒマンだらけ」を可能にするのは、日本の出版流通システムの特殊性が一因しているという。取次は初版部数やジャンルなどに応じて機械的に本を「選ぶ」。書店はほとんどの場合送られてきた本をそのまま並べる。取次から送られてきた段階で代金を払っているため、書店にはどんな本であれ早く売ってしまいたいという動機が生じるというのが著者の推測である。そもそも書店は本を「選ばない(選べない)」。

 さらに深刻な構造的問題として、再販制と委託制が一体化されることで「本がおカネのようになってしまった」(241ページ)ことが挙げられる。経営が苦しくなった出版社は、とりあえず目先の金が得られるので本をたくさん出そうとする。本屋はお金が戻ってくるからどんどん返品する。返品を受けた出版社は払い戻しを埋め合わせるように新刊を作り取次に納入する。この負のスパイラルの結果、販売部数は変わらないのに発行部数が増える。点数の増大は、本屋の納品や返品処理作業を増やし、現場は疲弊し、本を吟味することなしに店頭に並べられる。

 このようにヘイト本が本屋に並ぶ「舞台裏」を明らかにした上で、最後に著者は出版業界各々がやるべきこと、そして消費者である私たちができることを具体的に例示する。その重要箇所はこの本を読んでもらうことにして、著者が本屋を愛するがゆえに求める次の厳しい倫理観は、自らの足で本屋を訪れるあなたやわたしの美意識として認識し直すところから始めたい。「ヘイト本についてすらなにも考えないということは、ほかの本についてもなにも考えないということです。魅力のない本屋です。売れている本は並んでいるけれども、つまらない本屋です。つまらない本屋は滅びます」(250ページ)。

『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』
著者:永江朗
発行:太郎次郎社エディタス
発行年月:2019年12月1日


2019/12/21
『あしたから出版社』島田潤一郎
 鬱屈とした20代を過ごし、みんなと同じ働き方はあきらめ30歳を迎えた著者は、仲の良かった従兄の突然の死に直面する。遺族を慰めるために100年前イギリスの神学者が書いた一編の詩を本にすることを決意する。2009年9月、ひとり出版社夏葉社の誕生である。 それから5年後の2014年に本書は発行されている。出版不…

2019/09/24
『本屋がアジアをつなぐ 自由を支える者たち』石橋毅史
 本が売れなくなった時代に、本屋はなぜ無くならないのか?それどころか、本屋を始める人が後を絶たないのはなぜなのか?本屋についての著作を多く出してきた著者は、今回その関心を東アジアへ広げる。それは図らずも「民主化」をキーワードにした旅となる。 東京にいる台湾人の知人に「党外人士」という言葉を…

2019/09/17
『街灯りとしての本屋』田中佳祐
 出版不況とともに激減していく街の本屋さんが多いなか、ユニークな個人経営の書店が増えている。本に対する愛情、リアル店舗の存在意義などが交差するなか、個性的な店主たち11名の声が、店舗外観・内観のカラー写真とともに紹介される。 それにしても十人十色、皆、考えていることはバラバラだ。これから書店…

2019/08/20
『未来をつくる図書館 ─ニューヨークからの報告─』菅谷明子
 ドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』より以前に、その魅力を報告していたのが本書。コンパクトに編集されながらも、こちらもかなりの情報量が含まれている。それらをここで後追いし記述することは控え、ここでは一点に絞って論じることにする。 〈第5章 インターネット時代に問…

2019/08/19
ニューヨーク公共図書館と米国の本をめぐる多様な取り組み
 ドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館』の国内ヒットを受け、映画以前にいち早く同図書館の魅力を伝えた『未来をつくる図書館 ─ニューヨークからの報告─』の著者で米在住ジャーナリストの菅谷明子さんによるトークイベント「ニューヨーク公共図書館と米国の本をめぐる多様な取り組み」が18日、国立本店にて開催…

2019/08/18
アジアの本屋さんの話をしよう ココシバ著者トーク
 京浜東北線蕨駅から徒歩6分の Antenna Books &; Cafe ココシバで開催された「 アジアの本屋さんの話をしよう ココシバ著者トーク」に参加した。出版ジャーナリストの石橋毅史さんが新著『本屋がアジアをつなぐ』にまつわる話を写真も交えながら展開。ソウル、香港、台北のユニークな書店の生まれた背景など、興味深い内…

2019/08/08
『ユリイカ 総特集書店の未来 本を愛するすべての人に』
 表題に関わる広範囲のアクターたちのインタビューと論考を網羅しているが、総じて期待していたほど集中して読むことができなかった。その中で、最後の内沼晋太郎「不便な本屋はあなたをハックしない」を興味深く読むことができた。  インターネットの情報が私企業に操られることに警鐘を鳴らすインターネット…

2014/12/01
書評『つながる図書館 ──コミュニティの核をめざす試み』
 レンタルビデオチェーン「TSUTAYA」が図書館を運営、しかも店内には「スターバックス」が出店という佐賀県「武雄市図書館」のニュースには、ふだんから図書館を利用するしないにかかわらず、関心を持たれた方も多いのではないか。以降、無料貸し出しの公立図書館に営利サービスが導入されることの是非について少なくない…

2017/03/08
『アレント入門』中山元
 本書は思想家の「入門もの」であるが、ハンナ・アーレントがドイツを離れて亡命するきっかけに切り口をしぼっている。アーレントが亡命したのはナチスの迫害を逃れるためであったことはいうまでもないが、「出来事」としてより注目すべき点がある。それは、それまで信頼していた友人たちがナチスのイデオロギーに幻…




同じカテゴリー(今日は一日本を読んで暮らした)の記事
2019年 本ベスト10
2019年 本ベスト10(2019-12-23 21:08)


 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。