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2019年12月15日

『ある協会』ヴァージニア・ウルフ

『ある協会』ヴァージニア・ウルフ

 「フェミニスト・ウルフの原型がぎゅっと詰まった、とびきりのフェミニズム・フィクション」(訳者解説)という言葉がふさわしい1921年発表の短篇である。フェミニズム関連書籍を手がけるエトセトラブックスによる本邦初出版であり、なおかつ短篇読み切りの小冊子というユニークな試みのシリーズ第一弾でもある。ピンク色の薄い装丁はワクワクしながら手に取ってみたくなる。

 当時実際にあった女性蔑視に満ちた評論に対してウルフが挑んだ論争にインスパイアされて書かれたという意味では、言論人としてのモチベーションが立ち上がり、アクチュアルな同時代性もそこにはあっただろう。他方で、あくまでフィクションとして世に出すという作家の創造性の噴出も感じられる。

 ロンドンのある部屋に集まった女性たちが「質問協会」を結成する。男性主導の「社会」に変装するなどして潜入し、疑問に思ったことを質問し、その結果を協会に持ち帰り、仲間と共有する顛末がコメディ風に描かれる。父からの遺産相続の条件としてロンドン図書館の蔵書を全て読み切ろうとするポルという女性が、男たちの書いた本はどうしようもなく酷いと言って泣き出す冒頭場面は、男=知の権威に冷笑を食らわすと同時に、その欺瞞にそれまで気づかなかった女たちをヒューモアをもって笑っている。

 協会内で繰り広げられる意見の交換は、自明視された男性優位の事例を激しく糾弾する声あり、質問責めに乗り込んだつもりが戻ってくると質問されることの喜びを漏らす声ありと一様でなく、次第に混沌さを増す。とはいえ相手を論破するための議論は、そこには存在しない。その間、窓の外からは、男たちの勇ましい戦争(第一次世界大戦)の声が聞こえる。

 結末は、女は正しく男は愚かだというように単純ではない。語り手の〈自分を信じる〉というメッセージについて、訳者の片山亜紀は、批判能力(リテラシー)を信じることを読み取る。そこに本書を現代のフェミニズム運動に資する意義を見出しているともいえる。

 説話構造としては、女性たちが家の中の「協会」の集いという内部から、男性優位の「社会」の外部へ「行って戻ってくる」形式をとる。時間の経過と省略の手法を用いつつ、ドタバタ感を出す、それは演劇的空間とも言える。ウルフは、批判能力(リテラシー)を信じられるためという主張を間接的に想像させるために、「協会」内部で議論するだけでなく、「社会」に出て、そして戻ってくるという往復運動を採用し、フィクションとして成立させた。「行って戻ってくる」構造は、『船出』『灯台へ』などで得意とする手法である。

入手先の情報はこちらから。

『ある協会』
著者:ヴァージニア・ウルフ
訳者:片山亜紀
発行:エトセトラブックス
発行年月:2019年11月20日


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