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2008年03月17日

草稿 沖縄で改めてスローを考える

昨日のハチドリワークショップは盛況のうちに終わった。

JanJanに近々記事をアップする予定です。

オイラの問題提起部分は時間が押し、後半部分をカットせざるを得なかった。

以下に全原稿をアップします。

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【草稿】沖縄で改めてスローを考える


みなさんこんにちは。那覇市に住んでいるナマケモノ倶楽部会員の24wackyといいます。職業はフリーのライターをしています。インターネット新聞JanJanに沖縄在住記者として週一ペースで記事を書いています。


ナマケモノ倶楽部に入ったきっかけ
僕がナマケモノ倶楽部に入ったのは2001年春でした。この頃ナマケモノクラブの活動拠点のようなスペースが東京国分寺に生まれました。カフェスローという名前のカフェなのですが、単なるカフェではなく、様々な情報発信の場であり、様々な人が出会う場であり、イベントをする場であり、ブラジル、エクアドルなどの生産者との繋がりからフェアトレードで取引したオーガニックコーヒー、そのとても美味しいコーヒーを飲みながら南北問題について知るきっかけになる場であり、ストローベイルというエコロジカルな素材を内装に使った居心地のいい場であります。

ぼくは当時隣の国立市というところに住んでいて、このお店の噂を聞きつけ通うようになりました。そして会員になった、というのがそもそもの話です。ぼくはそこで仲間たちと環境系の読書会とか、地域通貨のイベントとか、スロームービーシアターという映画の上映会などをやったりしていました。だからナマケモノ倶楽部の活動に積極的に関わっていたというより、カフェスローという魅力的な場所でなにやら楽しいことをやっていた、という方が正しいと思います。そして何を隠そう沖縄に来る前の半年間、カフェスロー3階の屋根裏部屋に住んでいました。


沖縄へ来てからの活動
その後今から5年前に沖縄に来ました。沖縄に来るにあたっていろいろとやりたいことがありましたが、その中に「ナマケモノ倶楽部の活動を広めたい」というのがありました。でも結論を先に言うと、現在までナマケモノ倶楽部の活動を広めることはやってきませんでした。それはどうしてか?ということが、今日のワークショップ後半のテーマと実は繋がってきます。

といってもまったくやってこなかったわけではなくて、関連することは多少やってきました。ウィンドファームのコーヒーを取り扱ってもらえるよう、目をつけたカフェに頼んでみるとか。実際何件か扱ってもらっています。「わたしにできること」を100冊注文して様々な場所で広めました。カフェにおいてもらたっり、幼稚園の絵本の読み聞かせで読んでみたり。ナマケモノ倶楽部の会員でもあるピアニスト、重松壮一郎のコンサートのサポートを何度かやりましたが、ウィンドファームのコーヒーを出すことと、ハチドリのはなしをすることは必ずやりました。

重松壮一郎のように、県外で活動をしている様々な人たちが活動を広めるために沖縄に来ます。そういった人たちのサポートをするということを何度となくやってきました。そのいくつかを紹介します。

青森県六ヶ所村核燃料再処理施設の危険性を音楽で全国に広めようと活動するCyclub。
これは糸満でのライブのレポートです。

ぼくは最後の方でこう書きました。

ライブの情報を知らずに昼ごはんを食べにきた男性客の1人は、そばを食べる手を休めパフォーマンスに集中した。「活動はよく理解できた。がんばってほしい。同時に沖縄の基地問題も感じて下さい」と客席からエールを送った。沖縄ならではの反応だろう。通常こういうケースでよくある反応が「このような事実があることを初めて知って驚いた」と自ら反省するパターンだ。沖縄の側からすれば「それはそうだろうが、そういうあなたは沖縄の問題をどれくらい知っているのか?」と問い返す「戦後」の経験を持っている。サイクラブ☆にはこのレスポンスを新たな糧として、六ヶ所村に加えて沖縄の問題も本土へ伝えるべく音の旅を続けて欲しい。


つまり、本土から一方的に情報を伝えるだけでなく、沖縄に足を踏み入れたからには、沖縄の問題も知った上でそれを本土へ持ち帰ってほしいということです。

もう1人、六ヶ所村の問題を伝えて全国を廻っているトミタタカフミさんという方がいます。彼は映画『六ヶ所村ラプソディ』の自主上映会を通じ、ナビゲーターとして活動しています。彼は1年半の間に沖縄に3回来ていて、ぼくもサポートをしてきました。彼が同じ映画の上映で一度ならず沖縄へ来る理由は、もちろん本格的稼動が迫るこの問題をリアルタイムで伝えたいという思いがあるでしょうが、同時に彼自身が沖縄の問題を常に肌で感じたいという強い思いがあるのだろう、とそばで見ていて感じました。そしてそれは回を追うごとに強くなっているように見えます。

草稿 沖縄で改めてスローを考える昨年11月「虹の祭り」というイベントが奈良でありました。ナマケモノ倶楽部世話人の中村隆市さん、辻信一さんも出演し、ハイライトは来日していたセヴァン・スズキのスピーチで盛り上がりました。そしてこのイベントにはCyclub、トミタタカフミさんも出演していました。Cyclubはこのステージで未完成の新曲を披露してくれました。Ring of Fire というその曲は沖縄滞在時に作った曲だそうです。辺野古、高江という固有名詞が出てくる基地問題を扱った曲です。

草稿 沖縄で改めてスローを考えるそして同じステージでトミタタカフミさんは、六ヶ所村の話といっしょに沖縄の基地問題を紹介していました。

彼らにとって沖縄へ来る前は六ヶ所村の問題をいかに知ってもらうかが重要だったのですが、実際沖縄へ来て基地問題というその現実に衝撃を受け、新たなミッションとしてこの問題に取り組む、全国へ広めるということを加えざるを得なかったのです。


根は同じか?
彼らは共通して同じことをいっていました。「六ヶ所村の問題も沖縄の基地問題も根は同じである」と。ここからが大事なことなのでよく聴いて下さい。ぼくはそれに対してこう答えます。「根は同じであって、同時に同じでない」と。そしてこれが先ほどの「どうしてこれまでナマケモノ倶楽部の活動を広めることをやってこなかったのか?」に対する答になります。

「根は同じ」という意味は、彼らがいっているであろうことと同じ意味、国家や資本制経済といった大きな力が強いる構造的な問題こそが根であり、それは六ヶ所村であれ沖縄の基地問題であれ同じであると。

では「根は同じではない」とはどういうことでしょうか?六ヶ所村で再処理工場に反対する運動をしている人たちが実際感じるプレッシャーというのは、国家や資本制経済といった大きな力でしょう。国家にしても資本制経済にしても目に見えないものです。だからどう立ち向かっていけばいいのか分からない、得体の知れないところがあります。一方沖縄のひとびとから見て、米軍基地に反対する場合、その相手はフェンスの向こう側にいるアメリカ軍であり、そしてそれ以上にそれを押し付けている日本、日本人というようにはっきりと目に見える存在です。つまり沖縄のひとびとにとって「根は同じではない」のです。そしてこれは、沖縄と日本の関係性に因る認識の問題です。


沖縄と日本は対等な立場ではない
ここで昨年訪れたある町のスナップをお見せします。
草稿 沖縄で改めてスローを考える

どこだか分かりますか?

草稿 沖縄で改めてスローを考える
草稿 沖縄で改めてスローを考える

草稿 沖縄で改めてスローを考える
大阪の大正区というところが沖縄出身者のコミュニティであることはぼくなどがいうまでもなく皆さんご存知かと思います。

草稿 沖縄で改めてスローを考える
この写真が何を意味するか…さんは分かりますか?

明治国家は近代化の過程で独立国家である琉球を組み込みました。そして徹底した皇民化教育、方言撲滅、生活習慣の「大和化」を強制しました。沖縄独自の名前も読み難いからという理由で大和風に変えられました。仲村梁(ナカンダカリ)を仲村に、島袋(シマブク)を島に改めたり、金城(カナグスク)の呼称を「きんじょう」に、というように。同じようにツハさんは日本社会に受け入れられるためにツナミという音声言語に名前を変更したのです。この表札から読み取るべきなのは、そうせざるを得なかったツハさんが日本社会で生活してきた歴史の過酷さであり、日本の植民地政策であり、沖縄と日本の対等でない関係、それは清算された過去の出来事ではなく現在まで続いている問題であります。「根は同じではない」ということを別の言葉で言い換えると、沖縄と日本は対等な立場ではない、ということになります。

ところで環境問題や平和を訴えることは普遍的なことだと思われています。沖縄であれ秋田であれ東京であれどこであれ、それらは共通する課題であると見なされます。これら「普遍的」な問題を訴えに、広めに、啓蒙しに、沖縄には県外から様々な個人や団体がやってきます。ここで気をつけたいのは、普遍的なことを啓蒙するためには、あらかじめその相手との間に共有できるコードがあることが前提となっているはず、ということです。「このテーマは普遍的なものだからきっと分かってもらえる」と。

このような啓蒙者が陥りやすいのは、相手との関係が対等ではないのに、それが見えず、あるいは見ないふりをして対等であるかのように振舞う、装うことです。対等でないことに自覚的なのは常に踏みつけられている者で、踏みつけている側はそれを知らずにすみます。そういう者ほど相手に共有するコードがあると信じて疑わず、対等でないなどとは思いもよりません。これを「無知の権力性」と呼びます。

私は沖縄と日本の間に共有するコードはあると思うし、環境問題や平和の問題など普遍的な問題は、沖縄も日本も違いはないと思います。それについて啓蒙することもできるし、沖縄と日本が繋がることもできると信じています。ただ、それをする前に、まず対等でないという現実を踏みつけている側が知ることが不可欠であり、知った上で対等になるような実践をすること、そのことで初めて両者が対等になる条件が揃うのだと思っています。だからぼくは、ナマケモノ倶楽部の活動を広めるという「普遍的な」活動をすることを控えたのです。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これは私から事務局へのメッセージです。ハチドリワークショップは今回全国数箇所を廻り、最終地がここ沖縄だったわけです。恐らく他の地域では、前半行ったようなものと似た内容が行われたのではないでしょうか。それからすると後半のテーマというのは、ちょっとズレている。そのことに恐らく事務局は不審に思っているかもしれません。今回私は意図的にずらしたのです。そのような内容のワークショップをやることはもちろん意義のあることだと思いますが、その前にやることがあるだろうと。最初にこのテーマをやっておかないと、これまで話をした理由から沖縄とナマケモノ倶楽部は繋がらないだろうと危機感を持ったのです。そしてそれがナマケモノ倶楽部と沖縄を繋ぐ媒体としての私の倫理、あるいは責任だと感じました。


それではようやく本題に入ります。冒頭で私の仕事について触れましたが、この仕事を始めた動機をお話しさせていただくことによって、今回のテーマに話を?げていこうと思います。

JanJanは「市民の市民による市民のためのメディア」というキャッチコピーを掲げています。プロの新聞記者ではない一般の「市民記者」が、メジャーメディアとは違った切り口で情報を発信するこのスタイルは、メジャーメディアへの批判精神が根底にあります。メジャーメディアは伝えるべき情報を必ずしも伝えていない、という批判精神が。

この「伝えるべき情報が伝わっていない」ということでいうと、沖縄の情報こそ最も当てはまるのではないだろうか?と本土出身の者として切実に感じます。基地問題を中心とした様々な深刻な問題は、驚くほど本土の新聞、テレビなどでは報道されることが少ない。これは大きな問題です。なぜなら、沖縄の基地問題は沖縄という地域のローカルな問題などでは決してなく、日本の、いや広くいえばアメリカという巨大な軍事国家が制する世界的な問題だからです。

沖縄と本土の「温度差」とよくいわれます。いくつかある原因の一つが「伝えるべき情報が伝わっていない」ことに起因すると私は思っています。その代わり、観光情報は溢れています。「癒しの島」「青い空・青い海・白い砂浜」「スローライフ」という。それらは本土側からの一方的な欲望の眼差しとして消費されます。もちろん沖縄で生活している我々はこの島が「癒しの島」ではない現実を知っています。県民所得最下位、失業率一位、高い自殺率、米兵によるレイプ事件というようなその内実は「スローライフ」とはあまりにも程遠いものです。

一方ナマケモノ倶楽部には「スロー」というコンセプトがあります。先日友人に「今度ナマケモノ倶楽部のワークショップを沖縄でやるんだ」と伝えたところ、「ナマケモノ倶楽部って、あのスローライフのでしょ」という返事が即座に返ってきました。その返事からは沖縄が表面的なスローライフブームの対象にされてきたことへの違和感のようなものが私には感じられました。

おきなわスロー


ではナマケモノ倶楽部のいう「スロー」とは果たしてそういう意味でしょうか?

ここでナマケモノ倶楽部世話人・辻信一さんの著書「スロー・イズ・ビューティフル」から引用します。

マスメディアは今、さかんに「スローライフ」を演出している。「ゆっくり」、「ゆったり」、「のんびり」、「ゆとりある」、「のびのび」。そして「緑の」、「森に囲まれた」、「環境にやさしい」といった「エコロジカル・ライフ」のイメージの群れ。環境教育、エコ・ツーリズム、アウトドア、スロー・フードなどのコンセプトに飛びつく大企業。スローとエコの商品化。~

これが、ぼくたちの時代の「文化」(カルチャー)なるものの寒々とした現状なのだ。ぼくたちに求められているのは、文化というものをもう一度、「外なるもの」として構想し直す力を取り戻すことではないか。国の内にあるように見えながら、国の成り立ちの外にもあるものとしての文化。資本制の中に取り込まれているように見えながら、同時に貨幣経済や自由競争主義の外にあるものとしての文化。国家や資本が規定する時間と空間の枠組みの外に立つものとしての文化。~

主流社会に始めからプラグしていない者たち。そこからアンプラグした者、しつつある者たち。そのイメージとは、例えば、不登校、「落ちこぼれ」、「脱サラ」、障害者、ヒッピー、地方自治、地域通貨、コミュニティ・ガーデン、脱ダム、脱原発、草の根エネルギー運動や省エネ運動、今も世界に散在する先住諸民族。


ここで一番重要な点は、文化というものをもう一度、「外なるもの」として構想し直す力を取り戻すという箇所です。ちょっと難しいことをいっているようですが私なりに解釈すると、国家や資本の埃にまみれたシャツを洗濯してみると、そのシャツがそれまでとは違ったシャツに見えてくる、というようなことです。例えば不登校というのは学校に馴染めず通えなくなる、つまり脱落者のマイナスイメージですが、競争社会、管理社会に適合できなかった健康的な人というポジティブな見方も可能です。

次に「主流社会から始めからプラグしていない者たち」ということで連想される沖縄のイメージを私なりに続けてみます。そもそも「沖縄」それ自体がこの中に入るという気もしますが、そういったら沖縄の人は怒るでしょうか?この場合「主流社会」というのはヤマトゥを指すでしょう。とにかく挙げてみます。旧暦文化、共同売店、反基地運動、イノー、シマコトバ、スージグヮ・・・

一方本土の「沖縄好き」が口にする沖縄文化とは例えば以下の通りです。青い空・青い海、三線、エイサー、ウチナーグチ、オジイ・オバア、聖地、ナンクルナイサー・・・。もともと固有の文化だったこれらは、観光という欲望の消費者=ヤマトーンチュによって、差異を「発見」され、適当に捏造され、資本制の「商品」となります。さらに売るものの少ない沖縄自身がこれら「売れる」商品の再生産に加わります、自らの身体さえ差し出して。

これらいったん国家や資本の埃にまみれ手垢のついた沖縄の文化を構想し直すことは可能か?構想し直すのは誰がするのか?文化を構想し直すとはどのような作業をいうのか?

ナマケモノ倶楽部のユニークな運動のひとつに「ズーニー運動」というものがあります。HPからまた辻さんの言葉を引用させて下さい。

zoonyとは、否定の先をみること。今までは、「~せずに。」「~しない。」反対。文はそこで終わっていた。否定の先が見えなかった。zoonyは、否定の先へと進みでること。英語で言うオルタナティブ。「~せずに・・・する。」“・・・”のところに新しい可能性が開ける。


自動販売機やコンビニで缶やペットボトルの飲み物を買わずに水筒を持ち歩く。割り箸を使わずにマイ箸を使う。買い物にはレジ袋を使わずにマイバッグを愛用する、などがその具体例です。マイ箸にしてもマイバッグにしてもそれぞれなんら目新しいものではありません。以前から環境に関心の高い人々の間では半ば常識でさえありました。今日この会場にお越しの方々の中には「そんなことはとっくの昔にやっている」という方もいらっしゃるでしょう。

ナマケモノ倶楽部はそれらを限られた一部の人たちのものから、幅広い層に広げる努力をしています。自ら商品開発をし、若者にもお洒落と感じる「カワイイ」商品に仕上げ、ライフスタイルの一部にしようというのが目的です。このあたりが「文化を構想し直すこと」ではないかと捉えています。

一方「反対!」をずーーっといい続けてきたのが沖縄の反基地運動です。わたしは東村高江で行われている米軍ヘリパッド建設に対する座り込みによる阻止行動に昨年来参加してきました。そこで「反対!」だけではない多様な形の運動が生起するのをこの目で見てきました。

高江で阻止行動をしている人たちのほとんどはそれまで反対運動というものをしたことがない人たちでした。そして従来の反対運動のスタイルーー鉢巻にタスキ、幟を立てコブシを上げ「はんたーい!」というスタイルに違和感を持っていました。なるべくならそういう形を避けたい、というのが彼らの本音だったはずです。ところがいかんせん彼らだけでは少人数ゆえ阻止できません。高江以外からも支援が必要です。その支援者の中には運動のベテランたちがいます。運動のやり方を知らない高江の人たちはベテランのやり方にある程度従わなければなりません。これは7月2日の日付、座り込み初日の模様です。

草稿 沖縄で改めてスローを考える

草稿 沖縄で改めてスローを考える


「反対!」とやらされていますが(笑)、よく見るとこのへんの人たちはコブシを挙げていませんね。全体的にいやいややっている感じが出ています。

この音頭をとっているのは平和運動センターの山城さんという方で、私は“ミスター・シュプレヒコール”と呼んでいます。この方のスタイルは古典的な反対運動のスタイルといって良いかと思いますが、古典の中にも時にユニークなパフォーマンスを見せてくれます。



草稿 沖縄で改めてスローを考える山城さんは団体からたった一人で、初日以来長い期間泊り込みで阻止行動を続けました。山城さんの熱意に打たれた高江の人たちは徐々に山城さんのスタイルを受け入れるようになりました。また山城さんにとっても、高江の人たちはそれまで会ったことがないタイプの新しい人たちと映り、新鮮さを感じたようで「ここにいるのが楽しくて仕方ない」といっていました。

草稿 沖縄で改めてスローを考える座り込みに参加している人たちにも生活があります。お母さんにはお母さんの仕事があります。座り込みと日々の仕事と両立しなければならなくなりました。女の生活の知恵というのは素晴らしいもので、洗濯物を座り込みのゲートに干すようになります。ここには「ズーニー運動」に通じる楽しいオルタナティブな運動があります。

草稿 沖縄で改めてスローを考える「ヘリパッドいらない」住民の会の人たちの多くが、高江の自然に魅せられ移り住んできた人たちです。無農薬農家、工芸家、手作りカフェの経営者などなど。物質的な豊かさを求めずに自然に囲まれた生活を選んだ人たちといってよいでしょう。つまり「ズーニー運動」を実践して高江で生活していたら、新たなヘリパッド建設の問題に直面したわけです。そこで彼らはヘリパッド建設を受け入れずに独自のスタイルで反対運動を始めたのです。これも「ズーニー運動」です。彼らこそ「スロー」といってよい。決して「反対!」ばかりいっているわけではありません。

草稿 沖縄で改めてスローを考えるところがそういう彼らをマスコミはどう表現するか?
「反対派」と一言で片付けます。「反対派」という言葉からみなさんはどんなことを想像されるでしょうか?「サヨク」、なにかよからぬことを企んでいそうな危険人物、反対ばかりしている非現実的で依怙地な人たち・・・こんなところでしょうか。ところで「反対派」と短く書くとき、誰にとっての「反対派」なのでしょうか?一見中立的な立場を装った見出しの書き手は、事業を推し進めようとしている国家の立場を代弁していないでしょうか?意図的なものかそうでないかは別として、このような情報操作ともいえることが、沖縄のメディアでさえ行われていることはどんなことをもたらすか?

「反対」することがあたかも悪いこと、主流ではないこと、無前提にけしからんことと世間がみなすようになることです。これは恐ろしいことです。このような風潮が蔓延したとき、既に戦時下に入っているといってよいと思います。沖縄では選挙のたびに保守政治家が革新側を批判する言葉として、「反対ばかりいって現実的でない」と批判します。なんとなく同意見の人も少なくないのではないでしょうか?

「ズーニー運動」をしている人、あるいはそれに魅力を感じる人というのは、先ほど例に出した従来の運動スタイルに抵抗がある。「でも社会の様々な問題に対して、このままではいけない、自分も何かしたい」というような人が多いのではないでしょうか?私もそのうちの1人ですが、ここで一言注意を促したいのは、このような情報操作に影響されて、「非政治化」しないでほしいということです。「反対!反対!といっていても基地は無くならない。それよりお洒落なエコバッグを持つ方がかっこいい、というように。「zoonyは、否定の先へと進みでること」とありますが、かといって否定を忌避すべきではないでしょう。「反対」すべき時は正々堂々と「反対」すべきです。高江の座り込み運動に参加して気づいたことはそういうことです。

たまたま基地問題に焦点を当てましたが、もちろんそれ以外のことにもいえるでしょう。みなさん一人一人が関心を持つ身の回りの文化を構想し直す、あるいは「~せずに・・・する。」このように、沖縄での「スロー」を構想し直すことは愉しい作業ではないでしょうか?








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Posted by 24wacky at 22:47│Comments(4)言論の自由
この記事へのコメント
おひさしぶりです。

会にはいけなかったけど、主催者の方のこんな報告をまとめてよめてとてもよかったです。ありがとうございます。

こぶしふりあげ、がいやでいやで、どうにも近くにも寄りたくなくて、自分何ができるんだろう?って悶々としていたときのことを思い出します。それでも何かしたい、何かできるはず、しなきゃいけない、、、とぐるぐるしていました。ぐるぐる、はひとりでいるから。わからないなりに、ひととであって、学んでいこう、楽しんでいこう、反基地運動みたいなことでも「楽しみ」はあってもいい、ってちょっとだけ思えました。

カフェスローも、なつかしい。カフェスローの本、本自体が素敵でささっと買ってみたらメニューの本とかじゃなくて、なんだか分類できないネットワーク?の不思議な力の本だったことを思い出します。いまは友人たちの間をいったりきたりしています。

まとまりなくごめんなさい。
これからもjanjanの記事も含めて、読ませていただけるのを楽しみにしています。
Posted by はっしー at 2008年03月18日 02:16
はっしーさん

コメントありがとうございます。
カフェスローの本を「なんだか分類できないネットワーク?の不思議な力の本」と評していますが、なるほどな~、良い評価だな~と感心しました。
あれを普通のカフェ開業の本だと思って購入した人もいるだろうな~と想像すると笑えます。
そういう人もその勘違いをきっかけに興味を持ってもらえればいいですよね。
Posted by 24wacky at 2008年03月18日 12:09
途中リンクはってある「おきなわスロー」をキャッチコピーにした東南植物楽園で働いてましたが、ほんとに表面的で消費されるイメージのうわすべりです。
ホンモノのナマケモノを展示してたけど、ストレスで死んじゃいましたよ。。。
Posted by ぱぐ at 2008年03月19日 20:05
ぱぐさん

そうか、ぱぐさんの前の職場だったか~

>ホンモノのナマケモノを展示してたけど、ストレスで死んじゃいましたよ。。。

洒落にならないね・・・
やっぱりぱぐさんが来てくれて、その場でこのことを発言してくれたら、モロ効果的だったな~

事務局にどう思うかと聞いたら「いいですね」と一言。
ズルッとスベリまくりました。

貴重なコメントをありがとう。
Posted by 24wacky at 2008年03月19日 22:20
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