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2016年11月20日

「老いにおける仮構 ドゥルーズと老いの哲学」

 ドゥルーズは認知症についてどう語っていたかという切り口は、認知症の母と共生する私にとって、あまりにも関心度の高過ぎる論考である。といってはみたものの、まず、私はドゥルーズを一冊たりとも読んだことがないことを白状しなければならない。次に、この論考は、引用されるドゥルーズの著作を読んでいないと認識が深まらない(当たり前だ)。しかし、にもかかわらず、初見の読みを大きく刺激する。したがって、それらドゥルーズの参照書に挑戦し、その後、本論考を再読し、母について考えることにしたい。

 とりあえず、ここだけでも忘れないように引用しておく。

以上のことから、私たちは、ドゥルーズにおける仮構の概念を、次のように定義することができる。それは、老いにおいて不可逆的にほどけていく世界を、〈記憶〉なしで、〈記憶〉から解放されたかたちで縮約し、迷信のようなまがいものの絆を与えることで、当の耐えがたい崩壊に抗う行為である、と。
(79〜80ページ)


 『atプラス』の【特集】が初めて個人的に大ヒット。

atプラス30
「老いにおける仮構 
ドゥルーズと老いの哲学」
『atプラス 30 2016.11』
【特集】臨床と人文知 松本卓也編集協力
著者:小倉拓也
発行所:太田出版
発行:2016年11月13日


2016/11/19
「水平方向の精神病理学に向けて」
 「水平方向の精神病理学」とは、精神病理学者ビンスワンガーの学説による。彼によれば、私たちが生きる空間には、垂直方向と水平方向の二種類の方向性があるという。前者は「父」や「神」あるいは「理想」などを追い求め、自らを高みへ導くよう目指し、後者は世界の各地を見て回り視野を広げるようなベクトルを描く。通…




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