2006年12月02日
『現代生協改革の展望⑦
21世紀生協理論研究会編
大月書店 (2000.5)
通常1-3週間以内に発送します。
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7自己反省的個人の形成
資本のシステムが自己批判をすればするほど、
自己反省能力を備えた労働者と消費者が形成されていく。
生産工程においては、知識集約型の生産が支配し、
モノの製造よりも企画や開発や設計に重きが置かれる。
需要サイドでは、多様な消費財の購買を通して個性的な消費者が形成され、
それに依拠した流通・サービス・文化産業が発展する。
そしてここが重要だが、それは環境問題や南北問題など「敵対的な形態」を伴うが、
そこでしか自己反省的主体は形成されず、資本主義の実態転換は進まない。
8 新たな協同の再生と協同組合のあり方
古い協同の特徴
第一 共同体への依存・郷愁を伴う
第二 大量生産=大量消費に依拠する 共通の多数ニーズを満たす
第三 少数代表民主主義
第四 イデオロギッシュ
協同組合の独自性を過大評価し、協同組合を他の諸関連から切り離して囲い込み、観念的な空間を作ろうとする
新しい協同の特徴
第一 異質で多様な個人
第二 多様な個別ニーズを追求する 消費者優位のシステム
消費者優位のシステムとは消費者が生産・消費関係の客体から主体へと転換することでもある。主体となった消費者は個別で多様なニーズの追求という一見、協同に相反するような関係を抱えながら、主体性の拡大のために新しい協同の形態を模索することになる。その難問解決のヒントは情報でありコミュニケーションである。
第三 コミュニケーションと情報公開 ( ディスクロージャー) に依拠する
情報に誰もがアクセスでき、その情報を誰もが処理できるようになれば、支配・被支配、管理・被管理の関係を流動化させ格差を緩和することができる。
それは代表による間接民主主義を残しながら、全員参加によるある種の直接民主主義に大きくシフトするということであろう。
第四 多様な事業体や運動体によるネットワーク型
「正しいこと」「良いこと」であるからといって、専横的に決定し動員することは成り立たなくなる。一部の目覚めた指導者が遅れた多くの人間をトップダウン式で領導するという運動形態は破綻せざるをえない。指導原理や組織原理の優先した抑圧的な運動ではなく、自律的個人を優先する運動へと転換されるのである。
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古い協同、新しい協同について述べられていることは、市民運動、社会運動、
あるいは最近の個人的周辺の動きでは選挙運動についてもあてはまることが多い。
起業をする上での現実的な課題としては、
消費者優位のシステムというところまでは認識ができている。
モノを売る側からすると、多種多様な消費者の中からターゲットを絞り、
探し、そこへ情報を発信し、売る。
大きな資本に対抗する、というようなことを考えなければ、
ニッチ産業としてギリギリ生き残ることはできるかもしれない。
映画産業(映像産業)を例にとると、かつての映画は娯楽であり、
劇場で多数が観る(消費する)ことが映画であった。
ビデオというメディアができてから個人が部屋で観るという鑑賞方法も加わった。
さらに衛星放送、DVD,ブロードバンドなど新しい機会が生まれ、
大衆作だけでは賄いきれなくなった。
その多種多様なニーズを満たすために多様な「コンテンツ」が制作されるようになった。
大当たりしなくても、それを観たい人にヒットさせれば商品となる。
それのみならずそこに「倫理的な」動機を加えたい、としたときに、
どのような戦略がありえるか?
「ヒントは情報でありコミュニケーション」であるという。
生産者と消費者間の情報の双方向性ということではないか。
その仕組みをどう構築するか。
単にネット上にサイトを作ればよいという話ではないだろう。
ローカルな場所のヒト、モノ、情報の交差から生み出されるものも重要だ。
この2つをどう結びつけるか?
というところで思考が停止している。
なんだかNAM時代の課題から進んでいないようだ。
Posted by 24wacky at 00:10│Comments(0)
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