てぃーだブログ › 「癒しの島」から「冷やしの島」へ › 沖縄の風 › 沖縄の風 その10

2014年01月04日

沖縄の風 その10

仲間はいつも助けてくれた。オスプレイ配備強行に対し普天間基地のゲートを封鎖したあのときも。

あのとき、財布の所持金(つまり全財産)を確認すると630円だった。車を手放していたので、バスで大山ゲート近くまで行かなければならない。片道の運賃はおそらく300円前後だろう。ということは帰りのバス代が足りない可能性が大ということになる。

少し迷ったがとにかく現場に行くことにした。仲間たちが体をはっているときに、行かないわけにはいかない。あとはどうにかなるだろうということで。

大山ゲート前は既に仲間たちが座り込んでいた。わたしはiPhoneでユースト中継を始めた。

しばらくすると、Kさんから電話がかかってきた。ギャラを手渡したいという。わたしが大山ゲート前にいると告げると、今からこちらに来るという。

ギャラというのは、わたしの窮状を知ったKさんが少し前にわざわざ仕事をつくってくれたテープ起こしの仕事の分のことだった。しかも、Kさんはのんびりしている支払い主を催促してくれ汗をかいてくれていた。そのお金が用意できたので、これから届けに来るというのだ。

私は目の前に起こっている歴史に刻まれる出来事を中継しながら、iPhoneを持つ手元を揺るがせないように、涙をこらえていた。抵抗する人々はピケを組み、ヒロジさんのリードでまとまっていた。

いつも抵抗の現場にいるKさんはこのとき抜けられない仕事があって、そのあいまを縫って駆けつけた。そして現金を私に手渡すと、現場に目をやって、足早に去っていった。2012年9月28日。台風17号が襲来する前の攻防。
オスプレイ配備反対で市民が普天間基地大山ゲートを封鎖


タグ :沖縄の風

同じカテゴリー(沖縄の風)の記事
沖縄の風 その9
沖縄の風 その9(2014-01-03 10:22)

沖縄の風 その8
沖縄の風 その8(2014-01-02 08:36)

沖縄の風 その7
沖縄の風 その7(2014-01-01 19:26)

沖縄の風 その6
沖縄の風 その6(2014-01-01 14:25)

沖縄の風 その5
沖縄の風 その5(2013-10-16 23:21)

沖縄の風 その4
沖縄の風 その4(2013-10-15 21:33)


Posted by 24wacky at 17:33│Comments(8)沖縄の風
この記事へのコメント
こんにちは。読んでいます。

2012年9月28日……
あの日は別のところにいて行けなくて、
その地の地方紙の一面に載った故郷の記事を見て
激怒したのでした。
なぜ、自らだって同じことになりかねない場所が、
遠い場所のことを書くのか、ワジリまくって
「オスプレイの飛行経路をもう一度載せろ!
原発の上に堕ちないという保証がどこにあるのか!」と、地方紙に何通もメールを送りつけていました。

どこまでもどこまでも「他人事」。
他人事だから、一面に載せられるのだと思いました。

そこで育ったのに、
そこに行けない自分自身を恨みました。
ヤマトにいて本当に辛いことは、そのことだったように思います。

前回と同じく、言葉のかけようもない想いだけがあって、自分自身のことしか書けません。
許して下さい。

読んでいますので。
Posted by ブーウジぬイナグングンヮ at 2014年01月14日 13:19
こんにちは。
もう沖縄へ戻ってこられたのでしょうか。それとも東京でしょうか。
ファイスブックを含め、パソコンが壊れまして、すべてのデータを消失してしまいました。猫のせいにはしたくないのですが、パソコンの上で飛んだり跳ねたりで。というわけでパソコン復活の際にまたご連絡させていただきたく、と思います。

 取り急ぎ、ご報告をと思いまして。
 大変だと思いますが、ご自愛のほど、ご家族をお大切に。
Posted by りゅう at 2014年01月30日 11:06
りゅうさん

沖縄に戻ってきてます^^
パソコンが壊れてもフェイスブックは変わりないはずなので、ログインしてみてください。
Posted by 24wacky at 2014年01月31日 20:43
西脇さん、沖縄におられるんですね。

……宜野湾までいらしてお帰りのバス賃が厳しい時は、
キティ・アヤ運送が無料送迎のお手伝いを致します。
是非とも、御用命の際には御連絡をお願いします。
ちなみに、キティ・アヤ運送は
先の西脇さんのような目的で、
宜野湾にいらした方の送迎・3名までに限ります。
但し、西脇さんに関してはVIP扱いです。
その他の御用並びにその他の区間運行に関しても、
可能な限りはお手伝いを致します。

それと、キティ・アヤ運送は
時折キティ・アヤ食堂も運営致します。
これはVIPたる西脇さんだけにつく特典サービスです。
なるべく塩分控えめ・純黒糖を利用したお料理が提供されます。

キティ・アヤ運送は、
「現場でケガ人・逮捕者を出すな。そうでなければ活動そのものが潰れる。
オマエなんざあ、現場に出たらミンナに迷惑かけるだけ。足手まとい。まずは健康を取り戻せ」
という島の民衆運動の大先輩の言葉をその運営理念とし、
先ずは心身の養生に励み、キティ・アヤ運送の出来る範囲内で
現場に出る皆様に出来うる限りのサポートをすることを、その業務としております。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
Posted by キティ・アヤ at 2014年02月06日 10:57
キティ・アヤさん

至れり尽くせりのお気遣いありがとうございます。
食堂はぜひ利用したいと思います^^
Posted by 24wacky at 2014年02月06日 22:54
うー。いち やてぃん しむくとぅ、
わんにんかい 電話し とぅらしみよー。
うんじゅん わんにん、サキや ないびらんぐとぅ
バナナシェーク まじゅん ヌマヤー。
わんがる どぅーち ちゅくいんどー。
だてん まーさいびーん。

あい、やさ。うんじゅ、わん コザん かい 
そーちちゅんでぃ はなし あいびーたしが、
ありや ちゃーなとーがやー。
あまや ゆるや いなぐ どぅーちゅいえーねー 
うとぅるさぐとぅ ないびらん。

うとぅんまんじゅん ないびしがる、
うとぅや シマや はじみてぃる えいびーぐとぅ、
わったーたいびけーちや ちゃーんないびらん。
ひま あいねー、わったーたい、
コザんかい 案内し とぅらしみよーさい。
うにげーさびら。
ガイド代や ないびらんしが、
わったー たいえてん、
うんじゅ まんじゅん みっちゃいえてん、
むぬぅ うさがるぶんや 
ちゃっさ かわやびらんぐとぅ、
うり、わったーがる すーくとぅ、
うりち ゆるちとぅらしみよー。

電話、まっちういびんーどーさい。

(キティ・アヤ運送は、
常時ウチナーヤマト口キャンペーン開催中です。
翻訳も致しますゆえ、
御用命の際は御連絡をお願いします)
Posted by キティ・アヤ at 2014年02月07日 10:20
桜坂見に行らっしゃいますか?
Posted by こけし3号 at 2014年04月10日 17:33
名前を持つ布団

我が家には夫の田舎の人たちが手で縫う布団を彷彿とさせる布団がある。
夫の田舎では家庭で和裁を仕事にするお母さんたちがいて、
そういうお母さんたちは家を離れる人に布団を縫って渡し、その人を見送る。
どんなことがあっても実家に帰れば布団はある。有難い話だ。

実は、この手の布団、島ではあまりお見受けしない。
(というより、復帰後の島で30年生きた私は見た記憶があまりない。
馴染みのある人は知ってるかもしれない。
少なくとも、私がこの手の布団を頻繁に見るようになったのは夫の故郷である)
島で生まれた人はタオルケットを何枚か重ねるか、
軍占領下の名残でツートーンになっていないシーツ様式の布団を知っていて、それをついつい購入する。

我が家にある布団は持ち込んだ人の名をとって「N布団」と呼ばれている。
今日、N布団を干した。
N布団のシーツは残念なことに洗濯してもシミが取れず、お別れとなった。
しかし、N布団は健在。
島の風に吹かれ、陽にあたり、ふっくらさを取り戻した。
更に除菌用のシュッ、シュッをして良い匂い。


……N布団の持ち主にウチナーオバサン丸出しで「早くいい人を」と言ったのであるが、
それは「早く布団を干してくれる人を」の別の言い方だったかもしれない、と今思う。


布団を干しながら、持ち主は元気にしているだろうか、と島の海に問いかける。
いつもの通り、島の海は何も応えてはくれない。
けれどこれから、この布団で眠る誰かに伝えることは出来る。
御嶽を島の人たちと同じように大事に想い、
ここを「聖と俗の交わる地」と話し、
大山ゲートをふさいだ人たちの側でカメラを廻し続けた人のことを。

それは紛れもない、この島の、耳の記憶。

伝えるべき神話は、ただただ数を増すばかりだけれど。
島の海なら全てを包んでくれるのではないか、とふと想う。
そうして「ニライカナイ」なる古来からの島の言葉に思いを馳せ、布団を取り込んだ。
島の風と太陽を含んだ、その布団はとても軽く、本当にいい匂いがした。
Posted by ブーウジぬイナグングンヮ at 2014年05月16日 19:55
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。