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2019年01月20日

『タクシー運転手 約束は海を越えて』チョン・フン

『タクシー運転手 約束は海を越えて』チョン・フン

 興奮冷めやらぬただ中、とりあえず2つのことに触れたい。

 1つ。この映画は「行って帰る」物語の文法に忠実である、というよりほぼそのものであり、なおかつその「鉄板」過ぎる構造にもかかわらず傑作であるということ。ソウルから光州へ連れて行くことをドイツ人ジャーナリストのピーターから依頼されたしがないタクシー運転手キム・マンソプが「光州事件」を目撃し、衝撃を受け、ジャーナリストを無事ソウルまで連れ帰るミッションに目覚めるという成長(変身)物語でもある。

 2つ。エンタテイメントと硬派な政治史という題材の稀な両立について。「行って帰る」物語の文法に基づいたエンタテイメントの成功は、やはり主人公のタクシー運転手を演じたソン・ガンホの配役を抜きには考えられない。何を演じても「ソン・ガンホ」になってしまうソン・ガンホであるが、それにつきまとう「毎度の虚構性」があるにもかかわらず、観る者はソン・ガンホ演じるタクシー運転手を通し、戒厳令下に置かれた光州に忍び込み、暴力装置としての国家の正体に直面する。その意味で、公式サイトにある以下の言葉は、なるほどとうなづいてしまう。
 
“ソン・ガンホがポスターの中で笑う分だけ映画は悲しさを帯びる”。タクシーの中で明るく笑うマンソプが写し出されているポスターが韓国で公開された後、SNSに飛び交った言葉である。俳優ソン・ガンホを観客がどのように見ているかを端的に表わした文章だと言えよう。表向きに見せる単純な表情、その裏側にある動揺と葛藤、心の行方を複合的に生かした彼の演技により、観客はある一人の運転手を通じてタイムトラベルをすることになる。

 あまりにも恐ろしい史実を描く「意義」とエンタテイメント(ハラハラドキドキのカーチェイスや、ピーターがキムチを食べその辛さにヒーヒーいう姿を見て、不信感を拭えないでいたマンソプとの間に信頼感が生まれる場面、などなど)は水と油の関係に陥りやすいはずなのだが、この映画の衝撃は、その両立なくしてありえない。観る者は一瞬未知の体験にとまどい、次に驚く。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』
監督:チョン・フン
出演:ソン・ガンホ/トーマス・クレッチマン/リュ・ジョンユル/ユ・へジン
劇場:キネカ大森
2017年作品





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