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2019年05月03日

『ブラック・クランズマン』スパイク・リー

『ブラック・クランズマン』スパイク・リー

 ここしばらくエンターテイメントについて考えている。対立項は、リアリズムだったり、芸術だったりするわけだが。表現する立場と享受(消費)する立場でそれが異なることも含めて。この映画はさらにそのことを考えることをうながす。

 70年代後半、アメリカ・コロラド州コロラドスプリングスで唯一採用された黒人の新米刑事が白人至上主義を掲げる過激派団体KKK(クー・クラックス・クラン)に潜入捜査をしかけるという原作は、実話に基づいている。スパイク・リーは当時の文化的背景の魅力とともに、原作に忠実にドラマを表現することに成功している。

 エンターテイメント性ということでいえば、アフロヘアー、"Right On Right On"といったスラング、全盛期のブラック・ミュージック、キング牧師暗殺後のブラックパンサー党のムーブメントなど黒人文化の魅力的な再現はもちろんである。だが、それ以上に、黒人差別にまつわる直接的な暴力の描写をかなり控えている点が見逃せない。直接的ではないが、いや、直接的でないが故に伝えようとしている。たとえば、実際のリンチによる凄惨な写真の提示と、生存者の語りを共有する集いの場のモンタージュといった手法で。

 それは脚本上の繊細で入念な仕掛けによってそうしている。その一つが、おとり捜査というドラマ的手法である。ドラマや映画で表現されるおとり捜査とは、おとりがいつバレるかハラハラドキドキさせ、ついにバレる。ところが、この映画ではハラハラドキドキと、登場人物も観る者もいっしょに脱力させる独特の笑いが交互に並走する。そしておとりは最後までバレない。『Do The Right Thing』でも笑いはスパイスとしてあったが、やはり暴力という現実が勝っていた。今回のスパイク・リーは老練な落語家の如しである。

 公式サイトのコメントページでは、少数のマシなコピーが目についた。「骨太で笑える社会派」(菊地成孔)「フィクションから逸脱するメッセージ」(いとうせいこう)など。「伝えなければいけないことがある映画は強い」(大森立嗣)のは、前述の過去作品がすでにそうであったわけで、問題はその伝え方にある。

 そしてもう一つ、着目すべきポイントは、黒人と白人(実はユダヤ系)の入れ替えという仕掛けである。主人公の黒人刑事ロン・ストールワース(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は電話でKKKにアポイントをとることに成功するが、黒人の自分が潜入するわけにはいかず、白人の同僚刑事フリップ・ジマーマン(アダム・ドライバー)に自分のふりをさせ、組織内に潜入させる(代行のドラマ)。

 黒人のロンが吐く黒人への差別的言葉と、フリップが発する黒人そしてユダヤ人への差別的言葉。両者はわずかにズレながら、映画内に暗い澱みを沈潜させる。その淀みから目をそらすことは、白人であれ黒人であれ、その他の人種であれ、できない。

 白人至上主義者のなかには黒人のみならずユダヤ人への差別意識を持つ者もいる。それまで自身を「白人」としして半ば自明視し、民族的な意識は希薄だったフリップだが、その差別に直面することで、ユダヤ人のアイデンティティーがせり上がる自身にとまどう。飄々としたフリップの面立ちや仕草が微妙に変化していく様を、アダム・ドライバーが見事に演じている。

 さらにいえば、ロンとフリップ、黒人とユダヤ人二人の刑事のバディものということもできる。KKKとブラックパンサー党のシンメトリカルな躍動も、物語を前進させる。前述の2作品では、二項対立が映画のクライマックスで衝突するという構成があり、それがムーブメントとして観る者に呼びかける力があったのは確かであるが、それは一時的な力だったかもしれない。『ブラック・クランズマン』には潜性力がある。それは過去のみならずヘイトな現在において。

『ブラック・クランズマン』
監督:スパイク・リー
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン/アダム・ドライバー/ローラ・ハリアー/マイケル・ブシェミ/ライアン・エッゴールド
劇場:TOHOシネマズ川崎
2018年作品


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