2015年07月06日
「シマコトバでカチャーシー」について その2
崎山多美さんの講演タイトルが「シマコトバでカチャーシー」と題されているのを知って、わたしはとても訝しんだ。「なんだこのベタなタイトルは?」と。はじめにこう推測した。東京側の主催者が沖縄消費イメージからつけたのだろうか?それにしてはあまりにも軽率すぎる。崎山さんがそのままにするわけがないと。ということは、やはりご本人がつけたと思うしかない。だとすると、崎山多美のこと、明らかにある策略が込められているに違いないと、とりあえず結論づけた。前夜に用意された交流会の場でご本人に確認してみようとも思ったが、せっかくの翌日の講演内容について問いただすのも野暮なのでそれは控えることにした。結果、その疑問は講演を聴くやいなや解消された。
崎山多美講演会「シマコトバでカチャーシー」
「シマクトゥバ」は新しく流布された言葉であり、それは沖縄で権威をもって使われている。そこに加担したくなかったと崎山多美はいう。この批判は明らかに、沖縄に対する日本の植民地的差別へのプロテストとして琉球独立を唱える人たちに向けてのものだ。そこではしばしばそのアイデンティティの基盤として沖縄のネイティブの言葉=シマクトゥバが捉えられる。それに対し反対はしないが加担したくないという両義的なスタンスが、崎山に「シマクトゥバ」ではなく「シマコトバ」と表記させるというねじれを生じさせたようだ。
崎山の文学世界に触れたことがある者ならば、「シマクトゥバ」の多様で豊穣な世界の価値を崎山ほど認めている者はいないだろうということはいうまでもない。いや、「価値を認める」などという表現は軽薄である。崎山は小説家としてそれと格闘し続けてきたのだから。小説世界でのその「変態」ぶりに対し、沖縄内では「こんな使い方は正しくない」という批判がされることもあった。その権威が発動する排他性に対しても崎山は闘ってきた。
さらにいえば、崎山が感じる「息苦しさ」は琉球独立を唱える人たちのみに対してではなく、もっと大きな政治として沖縄を瀰漫しているが故のものに対してに違いない。崎山はそのことを『越境広場 創刊0号』創刊の辞でこう述べている。
差別的な日本(人)に抵抗する主体として沖縄(人)が一つにまとまることは不可欠である。そのためのスローガンとして「オール沖縄」「イデオロギーよりアイデンティティ」は有効に働き、新しい県知事を誕生させた。しなしながら、彼が唱えたこれらのスローガンを、果たして沖縄のひとびとの抵抗運動の歴史と無批判に合致させてよいのだろうか。両者にはずれがありはしないかとするわたしの考えとそれは重なる。
「オール沖縄」の矛盾を指摘する少数者の声に対し、「オール沖縄」化した側から「かけがえのない個人であるはずの他者を集団としてひと括りにし、「批判」し、排除する」場面をわたしは何度もみてきた。
崎山の憂慮から気づかされるのは、それら「友/敵理論」(カール・シュミット)にからめとられた政治的言説が、想像的表現を先細りさせるという視点である。崎山は27年ぶりの東京という稀有な進出の、いや越境の(可能性の)広場において、「シマコトバ」の音とカチャーシーという身体表現で、厳粛かつしなやかにパフォーマンスを試行した。それはあらかじめ「シマコトバ」が伝わることの困難さを前提にしながらもあえてヤマトゥに向かって仕掛けることと、同時に沖縄内部の政治的空間を《ずれて》(孫歌)批判するというアクロバティックな営為として。
崎山多美講演会「シマコトバでカチャーシー」
「シマクトゥバ」は新しく流布された言葉であり、それは沖縄で権威をもって使われている。そこに加担したくなかったと崎山多美はいう。この批判は明らかに、沖縄に対する日本の植民地的差別へのプロテストとして琉球独立を唱える人たちに向けてのものだ。そこではしばしばそのアイデンティティの基盤として沖縄のネイティブの言葉=シマクトゥバが捉えられる。それに対し反対はしないが加担したくないという両義的なスタンスが、崎山に「シマクトゥバ」ではなく「シマコトバ」と表記させるというねじれを生じさせたようだ。
崎山の文学世界に触れたことがある者ならば、「シマクトゥバ」の多様で豊穣な世界の価値を崎山ほど認めている者はいないだろうということはいうまでもない。いや、「価値を認める」などという表現は軽薄である。崎山は小説家としてそれと格闘し続けてきたのだから。小説世界でのその「変態」ぶりに対し、沖縄内では「こんな使い方は正しくない」という批判がされることもあった。その権威が発動する排他性に対しても崎山は闘ってきた。
さらにいえば、崎山が感じる「息苦しさ」は琉球独立を唱える人たちのみに対してではなく、もっと大きな政治として沖縄を瀰漫しているが故のものに対してに違いない。崎山はそのことを『越境広場 創刊0号』創刊の辞でこう述べている。
例えば、沖縄の過去の抵抗運動のなかで連帯のためのスローガンであった「島ぐるみ」や、今回の知事選における「オール沖縄」は、頭ごなしの抑圧的権力の前に沖縄の人々がそれぞれの立場や事情を越え結集するためには、ある面、必要かつ説得力のある言葉でした。しかし、抵抗運動として力を発揮したイデオロギーの言葉がそのまま対集団や個人に向けられるとき、かけがえのない個人であるはずの他者を集団としてひと括りにし、「批判」し、排除する、という側面があることに私たちは敏感であらねばならないと思うのです。最近、声高に謳われるようになった「沖縄的アイデンティティ」という表現も、抵抗の言葉としての意義とは裏腹に似たような危険性を孕んでいるように思われます。さらに、触れることが困難な複雑な事態として、構造的に与えられた利権には無自覚なまま被害者を代弁する、という欺瞞的な「正義」の言葉がそれらしくふるまわれる場面に出会うことが多々あることです。これはとても微妙な問題ですが、沖縄内部における言説空間の複雑に屈折した実態を私たちは看過することなく注意深く見つめる必要があります。それら雑駁な表現が通りよく「正当化」され思想の言葉として語られるとき想像的表現は先細りになるほかはないと思われるからです。
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差別的な日本(人)に抵抗する主体として沖縄(人)が一つにまとまることは不可欠である。そのためのスローガンとして「オール沖縄」「イデオロギーよりアイデンティティ」は有効に働き、新しい県知事を誕生させた。しなしながら、彼が唱えたこれらのスローガンを、果たして沖縄のひとびとの抵抗運動の歴史と無批判に合致させてよいのだろうか。両者にはずれがありはしないかとするわたしの考えとそれは重なる。
「オール沖縄」の矛盾を指摘する少数者の声に対し、「オール沖縄」化した側から「かけがえのない個人であるはずの他者を集団としてひと括りにし、「批判」し、排除する」場面をわたしは何度もみてきた。
崎山の憂慮から気づかされるのは、それら「友/敵理論」(カール・シュミット)にからめとられた政治的言説が、想像的表現を先細りさせるという視点である。崎山は27年ぶりの東京という稀有な進出の、いや越境の(可能性の)広場において、「シマコトバ」の音とカチャーシーという身体表現で、厳粛かつしなやかにパフォーマンスを試行した。それはあらかじめ「シマコトバ」が伝わることの困難さを前提にしながらもあえてヤマトゥに向かって仕掛けることと、同時に沖縄内部の政治的空間を《ずれて》(孫歌)批判するというアクロバティックな営為として。
Posted by 24wacky at 21:34│Comments(0)
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