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2016年07月08日

『クリーピー 偽りの隣人』

『クリーピー 偽りの隣人』

 元刑事で犯罪心理学者の高倉(西島秀俊)は妻康子(竹内結子)と一軒家の新居に引っ越ししてきた。挨拶回りで訪ねた隣家の西野(香川照之)に対する二人の印象は「感じが悪い」。しかし「感じの悪さ」を観る者に与えるのは西野の異様さだけではない。ロケーションで選ばれた両家の外観、過去に行方不明事件が起き、実はこの引っ越し先で起きる出来事と関係のある日野の空き家の外観などが、採光を落とした撮影によって陰鬱さを増幅させる。高倉の新居内で開け放たれた窓からそよぐ風によって動くカーテンも、なぜか開放感とは程遠い微妙な不気味さを与える。映画が前進する過程で増幅されていくこれらの総体がクリーピー(気味の悪い)という主題であろう黒沢清にとっては、映画を撮ることと観ることの共犯関係がクリーピーであることを露見させているようだ。

 大学の講義室で学生を前に高倉が犯罪心理学を語るシーンがある。警察にも学者にも解釈不能なサイコパスが存在すると解説する高倉は、犯罪を取り締まる刑事であるにしてはあまりにも犯罪心理に興味を持ちすぎる、それを面白いと感じてしまう性向を隠さない。であるがゆえに、それと対をなすように不気味な挙動を繰り返す西野を、観る者は初めからサイコパスではないかと推測するだろう。高倉と西野はドラマ構成上持ちつ持たれつの関係にある。

 確信犯的な二人よりも、見るからに不気味な西島の支配下にやすやすと落ちていく康子や西野の娘を演じさせられる澪(藤野涼子)が実はクリーピーなのだ。どうして西野の言いなりになるのか、西野の用意周到な手口も映画はその過程を描かない。薬を打たれるという振る舞いは説得力がなくとってつけたようだ。映画のクライマックスで、犯罪心理に没頭し自分を顧みない高倉に対し康子が不満を持っていたこと、高倉の転職と高倉家の引っ越しがそのわだかまりを払拭するきっかけとして期待されていたことが康子によって吐露される。それに初めて気づいたような高倉は康子に謝罪し、やり直しを求める。エンターテイメントが何度となく再現してきた安っぽいメロドラマを西島と竹内が演じさせられている、という見方すら可能だ。

 近所付き合いのない隣人がもし異常者だったら?というエンタメ風切り口からこの映画を観た者は、映画の完成度の高さに満足しつついささか混乱するに違いない。それこそが、エンターテイメントの文法を壊し、再生させる作家のたくらみに乗っけられているのだが、それもクリーピーだろうか。

『クリーピー 偽りの隣人』

監督:黒沢清
出演:西島秀俊/竹内結子/香川照之/川口春奈/東出昌大
公開:2016年6月
劇場:T・ジョイPRINCE品川




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