2016年11月02日

『さよなら歌舞伎町』

さよなら歌舞伎町

 なによりも、染谷将太のアドレッセントな流し目と、早く鼻をかめよとせかしたくなるほどすすり泣きが似合う前田敦子に対し、フェティシズムを抱かざるをえない。

 歌舞伎町のラブホテルに寄せ集まる人びとのある1日を描いた群像劇と、ひとまずいってみる。複数の二人組がそれぞれぴたりの配役で演じられる。各自が置かれている状況=「現実」を仮初めのものと捉え、その致し方ない理由と〈ここ〉から脱出した未来の自分を独白する。それらの人びとがかろうじてつながる居場所として歌舞伎町のラブホテルはある。

 主人公の徹(染谷将太)は沙耶(前田敦子)と同棲中。徹は沙耶に対しては一流ホテルに勤めていると伝えているが、実は歌舞伎町のラブホテルの店長を務め、挫折感を抱いている。「俺はこんなところにいる人間ではない」と嘯き、他の従業員を軽蔑している。バンド活動をしている沙耶は音楽業界のプロデューサー(大森南朋)からプロデビューの声をかけられ、その見返りとしてラブホテルの一室に入る。

韓国料理店に務めるアン・チョンスと、韓国で母親とブティックをやるための資金稼ぎで、チョンスには内緒で風俗嬢をするイ・ヘナ(イ・ウンウ)は、ヘナが韓国へ戻るのを機に別れ話が持ち上がっている。

 あるアパートの一室に隠れるように暮らす男の康夫(松重豊)と女の里美(南果歩)。里美はラブホテルの従業員だ。康夫は訳あって里美の夫を殺めてしまい、里美は康夫を幇助し、逃走生活を続けてきたが、残り38時間で時効が訪れるのを心待ちにしている。

 ラブホテルをAV撮影で利用する一行の中に、AV嬢をする徹の妹(樋井明日香)の姿があった。徹から問われ、妹は東日本大震災で家族が崩壊状態になり、生活のためにやっていると答える。罪悪感はないが郷里の両親には話さないでくれという妹に、徹は憮然とする。

 ラブホテルのふかふかとしたベッドにはしゃぐ家出少女の雛子(我妻三輪子)とチャラい男の正也(忍成修吾)。正也は雛子を風俗に売り飛ばすために声をかけたスカウトマンだった。しかし、雛子の悲惨な境遇とそれに負けまいとするひたむきな姿勢に我を恥じ、足を洗い雛子と再会することを決意する。

 不倫の刑事カップルでエリートの新城(宮崎吐夢)と叩き上げの理香子(河井青葉)は、欲望をあらわに抱き合う。職業意識の高い理香子は偶然見かけた里美の正体に気づき、里美をホテルの一室に拘束する。

 「現実」からの脱出というクライマックスの描き方が見所としてある。沙耶の裏切りと自身の不甲斐なさにキレてしまった徹は、廊下で羞恥プレイを見せびらかすカップルを殴りつけ、ホテルから脱走する。しかし、夜更けの歌舞伎町で自転車を走らすその速度は、脱走というにはあまりにも緩慢である。ふと、その先に、理香子の拘束から解かれ疾走する里美の姿があった。「なにしてるんですか?」と徹が問いかけ、「逃げている」と里美が答える。「自転車、使います?」と、徹はあっさり提供してしまい、里美は自転車に乗り、さらに疾走する。

 朝が明け、神社で缶ジュースを飲む徹に沙耶が近づき、いっしょに家に帰ろうと促す。別方向へ歩き出す徹。どこに行くのか問う沙耶に背を向けたまま、徹は「釜石」と答える。「待ってていいの?」と涙を溜めながら尋ねる沙耶。徹から答えはない。

 新宿から釜石行きの高速バスに乗車する徹。同じバスに妹も物憂げな表情で乗っている。

 エンディングロールの後に、朝焼けの新宿で、里美の運転する自転車の後ろに乗る康夫のシーン。自転車を止め、時刻を確認し、時効が成立したことに狂喜する二人。長いあいだ人目を気にして被っていたマスクを外す。

 ここでは自転車という小道具(冒頭で、徹の後ろにギターを抱えた沙耶が乗る朝の出勤時間のシーンもある)による脱出というテーマがある。とりわけ、南果歩が演じる里美の疾走が映画的開放感に満ち溢れている。だから彼女は自転車によって援助されるべきなのだ。それまで康夫を幇助してきた里美に対し、今回は自転車が里美を助けるのだ。一方で、徹は自転車をノロノロと走らせ、疾走しない。そして新宿から東日本大震災の跡が未だ残る〈地元〉へとバスで移動する。しかし、この移動は往復運動の(不)可能性を残す。新宿で待っている沙耶がいる。東京にとりあえずの可能性を見出している妹も同様だ。この緩慢さに「自由」はあるだろうか。




同じカテゴリー(いつか観た映画みたいに)の記事
『まく子』鶴岡慧子
『まく子』鶴岡慧子(2019-12-08 09:39)

『半世界』阪本順治
『半世界』阪本順治(2019-12-08 09:34)


 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。