2017年02月25日

『野良犬』森崎東

『野良犬』森崎東

黒澤明の1949年の名作をリメイクする、しかも集団就職被差別からの怨恨をはらそうとする沖縄出身の青年たちに犯人を設定するという森崎東の狂気=リアリズムが炸裂する。

 野良犬の比喩は早くも冒頭シーンで明確に現される。清掃工場での賃労働の帰り道、若者たちが炎天下をけだるそうに歩いている。大型ダンプがスレスレに追い越してく。若者たちは悪態を吐く。するとそのうちの一人が傍らの犬を道路外へ荒々しく放り投げる。憤懣の矛先を動物に向ける虐待かと思いきや、次のカットで道の反対側で無事の犬が写しだされる。犬が車にひかれると危ないからという青年の優しい思いであることがほのめかされる。つまり、野良犬=沖縄出身の青年たち=弱きものという見事なテーマ設定である。

 映画は沖縄出身の青年たちが拳銃を手にしてしまったことによる共同正犯が不幸へ向かうドラマが一方であり、他方で拳銃を盗まれ責任感から犯人を追う若い村上刑事(渡哲也)と相方のベテララン刑事佐藤(芦田伸介)の家庭の問題が並行して描かれる。青年たちのウチナーグチを介した連帯感の強さと日本(人)への被差別意識の強固さを、村上も佐藤も最後まで理解できない。「だからといって人を殺す理由になるのか?」と返すしかないヒューマニズムにはいかにも力がない。ホモソーシャルでもある沖縄青年たちの連帯意識の躍動的な身体表現は、村上や佐藤のみならず、映画を観る多くの日本人にとっても不可解であり、あまりにも過剰ななにかであるに違いない。森崎東の狙いはそこにあったのだろう。例えば、映画評論家の佐藤忠男は「この犯罪動機の設定が必ずしもマトを射たものになっておらず、森崎東の熱っぽい演出にもかかわらず平凡な刑事ものに終わった」と評している。佐藤には沖縄青年の「動機」が理解できていない。
『野良犬』作品紹介 (佐藤忠男) 『世界映画作品・記録全集』(キネマ旬報一九七五年659号)

 村上にとって確かに「沖縄」は不可解なのだが、それにもかかわらず、犯人が沖縄出身の青年たちだとわかるや、追跡の身振りが確固たるものになり、以降村上=渡哲也のギラツキぶりがハンパなくなっていく。黒沢版の三船敏郎のギラツキぶりを意識したことは間違いないが、三船のそれが犯人が同じ復員兵だという境遇であることでの意識の変化と共にあり、三船も犯人も同じように野良犬だという、映画をつら抜く動機がわかりやすいのに対し、森崎版の渡哲也のそれは「沖縄を理解できない」不可解さによって不本意にギラつくしかない。アクションスター渡哲也の身体は、それまでの他の映画のように生を発散することに成功しないし、観る者も溜飲を下げることを寸止めされる。

 この映画の存在を知ったのは、『沖縄映画論』(2008年)所収の四方田犬彦の論考「生きてるうちが、野良犬 森崎東と沖縄人ディアスポラ」であった。以来観る機会をうかがっていたので、待望の上映である。映画共々素晴らしい四方田の論考の一読をお勧めする。

 黒沢版と森崎版が異なっている最後のポイントは、風景をめぐるものである。黒沢版ではもっぱら東京の東半分、すなわち一九四五年三月十日にアメリカの無差別爆撃によって徹底的に破壊された浅草から上野にかけての下町が、その混沌とした復興のありさまを含めて登場している。森崎版では、幾つかの例外はあるが、風景の中心となるのは横浜から鶴見、川崎にかけての工業地帯であり、そこに見え隠れする沖縄人集落の貧しい佇まいである。廃船、廃工場、廃品回収場、スラム街、スクラップ置き場、旧軍の兵舎を利用したと思しき女子工員寮・・・・。高度成長期の日本にあって見捨てられ、隠蔽されてきた荒廃と貧困の風景が、どこまでも集められ、刑事と犯人たちとの追跡劇の現場となる。その中心となるのが鶴見の湾岸地帯にある沖縄人集落である。「復帰」以前から沖縄人が住みついていた、このひどく立地条件の悪い場所を、森崎は野良犬然として都会を徘徊する少年たちが最後に頼りとする避難所、すなわちアジールとして描いている。このことは一九七〇年代の日本映画において例外的なことであり、また現在にいたる沖縄ものフィルムのなかにあっても稀有なことであると、ここに強調しておきたい。
(100ページ)


『野良犬』
監督:森崎東
出演:渡哲也/芦田伸介/松坂慶子/赤木春恵/中島真知子/緑魔子/田中邦衛
1973年作品
神保町シアター 特集「あの時の刑事」


2009/11/14
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