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2017年02月17日

『解放老人 認知症の豊かな体験世界』野村進

『解放老人 認知症の豊かな体験世界』

 山形県にある佐藤病院の重度痴呆症病棟の長期取材である。半分ほど読み進めたところで、先を読む意欲が湧かないのはなぜだろう。

 絶叫したり、大暴れしたり、大便を手づかみで投げつけたりする女性につかまれ、著者はその力強さの源泉を知りたいと思う。それが見つかれば、「認知症患者」が「新たな姿で立ち上がるかもしれない」という希望を抱くことができるし、「私たちの”老い”への視線が一変することだってありえ」、誰にもいずれ訪れる我が事として捉えることの重要性を説く(9ページ)。

 認知症に対するネガティブな認識を新たにしようとするその姿勢に私は共感する。であるにもかかわらず、違和感は拭えない。

 一章ごとに一人の人物を取り上げ、重度認知症の方の奇異な振る舞いを描写、そしてその意味をさぐるという構成となっている。とても巧みな文章で読みやすい。老人たちに対する著者の態度も病院側が認めているように、真摯な態度に思える。

 しかしながら、同時に、親しみやすいそのノンフィクションの文体が、私には親しめない。

 あとがきにあるように、著者には認知症の母がいて、本書執筆中にお亡くなりになった、とある。一方で、本文中で重度認知症の尋常ならざる振る舞いを描写しつつ、これを見たら家族は驚き悲しむだろうと「同情」する。それなら、自分の肉親に対してはどうだったのか、という問いかけをしたくなる。

 一言でいうと、著者が認知症という「現実」に対して「突き放される」こと、それが書かれていない。必ずそれがあったはずである。それを書かずに、初めから彼ら/彼女らを描写する余裕を持っている。そのようにこのノンフィクションは読める。それが私の違和感の元なのではないか。そのように推察するしかない、私自身が不安定なのだが。

『解放老人 認知症の豊かな体験世界』
著者:野村進
発行所:講談社
発行年月:2015年3月10日


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