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2019年09月30日

『「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか』

『「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか』

 子どもの自殺予防においてなされる「SOSを出してほしい」、「援助希求能力を高める」というスローガン。確かにそれは間違っていないが、ちょっと待ってほしいと、編者であり、自殺予防や薬物依存症の問題に取り組む精神科医の松本俊彦氏は危機感を露わにする。援助希求能力が乏しいとすれば、そこにはそれなりに理由がある。「そもそも、誰かに助けを求めるという行為は無防備かつ危険であり、時に屈辱的だ」と。では支援者はどうすればよいか。本書は「助けて」が言えないことへの理解と対応のヒントが記された各分野の論考で構成されている。

 そもそも人が自殺を考えた時、身近な他者に助けを求められるか。多くの人は、いつもならば思いつく普通の選択肢が浮かばず、自殺以外考えられなくなる心理的視野狭窄状態に陥る。それ以外にも、自分には味方になってくれる人などいない、自分がいることで周りの人は迷惑を被っている、など対人関係の否定的認知を抱えやすい傾向にある。「死にたい」という言葉の背後にある気持ちを当事者とともに丁寧に読み解き、「死にたい」ではなく「悲しい」「つらい」「一人でいるのが寂しい」といった、相談しやすい言葉に色づけしていくことで、他者との新しいつながり方を構築することができる(4 「助けて」ではなく「死にたい」勝又陽太郎)。

 「助けて」が言えないことにはそれなりの理由がある。だから、安易に「SOSを出しなさい」と、支援者や周囲が当事者を一方的に「変える」のは、時として暴力にさえなるので慎むべきであるということが、本書の前提として見えてきた。

 では次に、「助けて」が言えないことを、われわれはどう捉えるかという認識から実践へ移る際の問題がある。そこで参考になるのが、ホームレス状態にある人に対し、住居が欲しければ支援を受けるべしとする現行制度への批判として「住まいと支援を分離」するハウジングファーストという支援を行う熊倉陽介氏と清野賢司氏の発言である。

「助けて」が言えないことをその人の単なる弱みであるかのように捉えることには慎重でありたいとしたうえで、「『助けて』と言うことを拒否することは、その人が様々な苦労を乗り越えてみずからの尊厳を守って生きる手段を確立しているという、その人なりの強みであるかもしれない」。だからこそ、支援者には多様な援助希求を察知する力が求められるのだ、と。

 いざ自分を省みれば、「助けて」は言えないだろうと気づかされハッとする。まず、「助けて」が言えない自他を否定せず認めること。次に、「助けて」が言えなくなる前に、言えない自分の置かれた状況を考察すること。それがいざ「助けて」が言えなくなったとき、ほんの少しの助けになることを期待して。本書はその都度読み返すことになるだろう。

『「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか』
編者:松本俊彦
発行:日本評論社
発行年月:2019年7月15日


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