2017年03月20日
『考えるということ 知的創造の方法』大澤真幸

なにやらビジネスパーソン向けの手っ取り早い指南書の装いであるが、正真正銘大澤真幸社会学の一冊である。考えるとはどういうことか、大澤自身の手の内を丁寧かつ具体的に明かすという親切心にあふれている。それだけ「考える」ことの復権という使命を著者も編集者も持たざるを得ないということか。何はともあれ、考え始めると即煮詰まる私のようなタイプにはありがたい実践の書である。
なにしろ出だしがカッコいい。引用する誘惑に逆らえない。
私の仕事の大半は、読み、考え、そして書くことにある。本書は、私が本をどのように読み、いかにしてそこから思考を紡ぎ出すか、具体的に例示することを目的としている。
考えることは、人間の義務でもなければ、原初的な欲望でもない。しかし、あるショックを受けたとき、人は思考しないではいられなくなる。このショックのことを、哲学者ジル・ドゥルーズは「不法侵入」に喩えている。ありきたりの知識や解釈では、不法侵入を受け止めることができないとき、人は思考することを強いられる。
(3ページ)
「あるショックを受ける」のは、日常の経験であったり、他人の言葉であったり、読書経験であったりするだろう。まずはそのショックを感知できなければならない。次に考える作業に移るはずだが、しばしば人は、というか私は「考え」が停滞する。それが断続的になるや悶々とすること必定である。これが続くと「考える」ことをあきらめる。
大澤によれば、考えるには場所を確認する必要がある。考えている場所は、自分の身体の外にあるそうだ。「そのときに、逆説的だが、言葉を媒介にしてアイディアを自分の中に完全に内面化したような気分になってはいけない。言葉は自分の内面から絞り出されるのでは、ない」(25ページ)。私の悶々の原因は、言葉を自分の内面から絞り出そうとしていたからだったのだ。
実は、私はそのことを知っている(た)。しかし、それは大澤の著作を読み、次に考え、そして書くことを通し、知っていたことを知る。その逆説を本書は教えてくれる。
『考えるということ 知的創造の方法』
著者:大澤真幸
発行所:河出文庫
発行年月:2017年1月20日
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Posted by 24wacky at 19:09│Comments(0)
│今日は一日本を読んで暮らした