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2019年12月21日

『あしたから出版社』島田潤一郎

『あしたから出版社』島田潤一郎

 鬱屈とした20代を過ごし、みんなと同じ働き方はあきらめ30歳を迎えた著者は、仲の良かった従兄の突然の死に直面する。遺族を慰めるために100年前イギリスの神学者が書いた一編の詩を本にすることを決意する。2009年9月、ひとり出版社夏葉社の誕生である。

 それから5年後の2014年に本書は発行されている。出版不況の折ひとり出版社を維持してきた経営の裏側、いったいどんな人がどんな考えで続けてきたのだろうという興味がわく。

 これさえ本にできればそれで辞めてもいいとさえ思ったグリーフケアの詩の本は、イラスト担当者の制作時間にじっくり寄り添うことになり、想定以上に時間が経過する。早晩資金が枯渇し会社が成り立たなくなることを恐れ、素人編集者はもう一つの企画を立てる。アメリカの小説家・バーナード・マラマッドの短編集『レンブラントの帽子』の復刊である。「海外文学は売れない」という業界の常識に加えて内容自体が地味な作品だというのに。

 著者は自分の考えを整理する。「最初は売れないだろうけれど、ずっと我慢し続ける。それを理解する勇気が必要なのだ」(87ページ)と。その後の夏葉社から発行された本を手にとってみれば、それら一冊一冊に、本というモノの隅々にまでにこの姿勢が愚直なまでに貫かれていることがわかる。皆、着実に版を重ねている事実には、内容よりも数で勝負する業界の傾向とは見事なまでに逆を行く方法である。

 その経営上の秘密を本書から探ろうとしても、上に引用した言葉と、全国の書店を歩き回り関係性を作り注文数に応じて出荷する、ひたすら地味な仕事ぶり以外に何もない。ひとつわかることは、後半の『本屋図鑑』の中で控えめに、しかし自信を持って記される本好きにとっての原点を著者は大切にしていることであり、読者である私はそれを共有したいと激しく思う。「本屋さんへ行く、ということは、だれかに会うことと同じだと思う。自分と似た人や、尊敬する人、愛する人や、なつかしい人。会いたかった人や、もう会えなくなった人。彼らと、本屋さんを通して、もう一度出会う」(264ページ)。

夏葉社の本が並んでいる地元の本屋、大森のあんず文庫に今日も行くんだ。

『あしたから出版社』
著者:島田潤一郎
発行:晶文社
発行年月:2014年6月30日


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