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Posted by TI-DA at

2017年04月03日

『しあわせのパン』

『しあわせのパン』

レビューで「ほっこりしました」と書かれそうな(そして実際書かれている)映画は苦手だ。いつ見るのをやめようかと思ったが、美味しそうなパンに惹きつけられて最後まで見てしまった。

 しかし、最後のパート、カフェ・マーニを訪れる老夫婦は別物だ。中村嘉葎雄と渡辺美佐子のど迫力、特に中村嘉葎雄はヤバい。「ほっこりさせてたまるか」といわんばかりのパフォーマンスである。このパートだけでも見る価値はある。

 監督は矢野顕子 with 忌野清志郎「ひとつだけ」にインスパイアされ脚本を書いたらしい。オリジナルの矢野顕子バージョンで「あなたの心の 白い扉 ひらく鍵」を、清志郎は「君の心の 「黒い扉」 ひらく鍵」と変えて歌っている。北海道の海が見渡せるカフェで仲睦まじくスローライフを楽しんでいそうなりえさん(原田知世)と水縞くん(大泉洋)だが、りえさんにはどこか翳りがある。それがなにかは示されないが。水縞くんはそれをそっと見つめる。彼女の「黒い扉」をひらく鍵を探す物語としてあるのだろうか。

『しあわせのパン』
監督・脚本:三島有紀子
出演:原田知世/大泉洋/光石研/余貴美子/中村嘉葎雄/ 渡辺美佐子/あがた森魚
主題歌:矢野顕子 with 忌野清志郎「ひとつだけ」
2012年作品

GYAO配信期間
2017年3月29日~2017年4月28日
  


2017年04月02日

『わたしは、ダニエル・ブレイク』ケン・ローチ

『わたしは、ダニエル・ブレイク』ケン・ローチ

 イギリス北東部ニューカッスルで長年大工をしてきたダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズ)は心臓に病を持ち、医者から仕事を止められる。職安に国の援助を求めるが、複雑な制度や硬直的なお役所仕事の対応をされ、申請がままならない。職安で同じように冷たい対応をされた、ロンドンから来たという二人の子どもを連れたシングルマザーのケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)にシンパシーを感じ、親子に助けの手を差し伸べる。しかし、助けの手が必要なのはダニエルも同じだった…

 サッチャー政権以降のネオリベラリズムが公共空間に浸透している現在が、ケン・ローチの真骨頂として、ヒリヒリとリアリスティックに描かれている。医者からは仕事を止められているというのに、国の担当者のマニュアル対応で失業給付が認められず、その後の窓口では求職活動を「命じられる」矛盾。採用を勝ち取るための履歴書の書き方講座の受講義務。私もハローワークで似たような経験をしているが、その社会最適化が半強制であるのに、自らの「自由」意志で「しなければならない」ダブルバインド化された心身は、確実に大切なものを損なう。

 ケイティ親子の身体もまたその侵食を受ける。フードバンクやスーパー万引きのシーン、さらにエスカレートせざるをえずケイティは…。

 二人目の男の子が発達障害気味だ。彼へのキャメラの距離感が、なんとも秀逸である。

 「自由」といえば、移動の自由もEUで保障されている(いた)。ケイティ親子のロンドンからニューカッスルへの移動も、二人の子の男親の人種が異なることから想像されるその移動も、あるいはダニエルの隣人の黒人青年(カリブ系?)の移動も、「自由」の結果ともいえる。

 黒人青年は低賃金の肉体労働に嫌気がさし、ブランド物のスポーツシューズを中国人の友人から仕入れ、「自由に」怪しげな商売を始める。それを目にしたダニエルは半ば呆れ、半ば感心する。黒人青年の肉体労働とスポーツシューズ輸入業は、ネオリベラリズムとグローバリズムにおいて同根であることに、気づいているのかいないのか。

 ケン・ローチの作品が常にそうであるように、この作品も寒々としている。徹底的に「今」をドキュメントする。そしてそのなかに主張がある。

 この作品では、文字通りタイトルが示しているように、そして最後のダニエルのメッセージにあるように、「わたしは人間である。犬ではない」ということ、すなわち「尊厳」(respect)は損なわれてはならない、ということである。そしてもう一つ、「助けられたら、今度はわたしが助ける番だ」という共生(assocation)の思想と実践である。

 最も印象的な場面。職安の複雑な制度と硬直的な対応についに感情の緒が切れたダニエルが、職安の外壁に批判の文面をスプレーで公然と落書きする。すると通りがかった人々が半ば好奇心から拍手をおくる。さらに、身なりのみすぼらしい中年男性が「その通りだ!」と快哉を叫び、ダニエルに握手を求める。ダニエルは通報を受けて駆けつけた警官に連行されるが、男性は勝利に酔いしれたようにガッツポーズを続ける。公共空間が一瞬「我らの」手に取り戻された瞬間だ。

 鑑賞後のロビーで「格差が激しすぎるからね…(日本の事情とは異なる)」という、ご婦人の会話が耳に入った。個人的な事情から身につまされた私には、ずいぶん余裕のあるポジションからの発話に聞こえた。彼女らと私のあいだにある距離を越境するために、ダニエルの宣言と男性のガッツポーズがパフォームされる公共空間を創出することは、果たして可能だろうか?

 これまでの作品以上にソリッドにカッティングされた本作は、ケン・ローチの最高傑作と思えてならない。『マイ・ネーム・イズ・ジョー』(1998年)も再度観たくなった。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』
監督:ケン・ローチ
出演:デイヴ・ジョーンズ/ヘイリー・スクワイアーズ
2016年作品
劇場:新宿武蔵野館


2016/12/04
『家庭生活』ケン・ローチ初期傑作集
 保守的な両親に育てられたジャニスは妊娠中絶を機に精神を病む。古い道徳的価値観を体現した父親と母親をひたすらリアルに演出することで、対照的に平凡なジャニスが徐々にこわれていく過程を、いかにもケン・ローチらしい対象との距離感でショットを積み重ねていく。厳格な母親がふしだらな娘を形容する言葉";stupid…

2015/02/14
『ジミー、野を駆ける伝説』
時は1932年のアイルランドのリートリム州。10年前に国を二分する内戦があった。その頃追放された活動家ジミー(バリー・ウォード)が帰郷するところから物語りは始まる。それはJimmy's Hallという原題が示すように、hall=集会所という自治的空間が人間にとって不可欠であることを見事なまでに教えてくれる。ひとびとが絵…

2011/05/04
『エリックを探して』
桜坂劇場で『エリックを探して』を観る。「ケン・ローチ初のハッピーエンド」というコピーが微笑ましいだけでなく、むろんオイラみたいなケン・ローチ好きにはまたまたたまらない傑作だ。主人公エリックが困難に直面しいかにそれを乗り越えていくか、その先にはかつて自分の過ちで去っていった妻がいる。その…

2009/04/13
『この自由な世界で』
桜坂劇場へ『この自由な世界で』を観にいく。ケン・ローチの映画はいつも寒々としているが、そこに登場する人々は体温が感じられる「わたし」や「あなた」である。シングルマザーとして個人の自立を勝ち取るため起業したアンジーの職種が職業紹介所(人材派遣業)である、そこに主人公を設定したところが、映画の説話…

『麦の穂をゆらす風』
『明日へのチケット』