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2019年10月26日

『あなたを選んでくれるもの』ミランダ・ジュライ

『あなたを選んでくれるもの』ミランダ・ジュライ

 映画の脚本執筆に煮詰まる著者は、フリーペーパーに売買広告を出す人たちに会ってみたいという現実逃避的悪趣味からインタビューに乗り出す。ただし、本書はたんなる「インタビュー集」ではない。各章は、実際にインタビューに訪れたいきさつがドキュメンタリー風に書かれ、そのユニークなカラー写真も豊富に掲載されているが、それらと並列的に、脚本執筆についてのアイロニカルな雑感が綴られる。

 インタビューで出会う人たちはいずれもリアルな他者性を感じさせ、一筋縄ではいかない。著者はそれらを脚本執筆ならびにインターネットの虚構性と対比的に捉える。その意味で、現実逃避の効果はあったといえる。

 しかしながら同時に、著者には作り手としては避けがたく、インタビューが脚本執筆に活かせないかという「邪念」が、心の底にあっただろう。その邪念との自己対峙の過程が雑感としてアウトプットされるという見方もできる。

 その邪念は、最後のインタビュー相手のジョーという老人との出会いによって実現する。ジョーへのインタビューを通し、著者は他のインタビュー相手とは違う何かを感じ、ジョーのキャラクターを脚本に加え、本人役で出演させてしまうという荒技に打って出る。

 最後に劇的な展開に転じる本書の構成そのものが、現実と虚構の閾値をあいまいなものにする。それは映画(虚構)へのインタビュー(現実)の包摂あるいは統合ではない。原題の「 IT CHOOSES YOU 」の「選ぶ」という言葉にはキリスト教文化圏の超越性を想起させられるが、私にはそれよりも何かをもっと、皮膚と皮膚の接触の不可能性と希求というような矛盾、あるいは他者との距離の伸び縮みを感じる。それは読者の想像力を浮遊させるだろう。

『あなたを選んでくれるもの』
著者:ミランダ・ジュライ
役者:岸本佐知子
写真:ブリジット・サイアー
発行:新潮社
発行年月:2015年8月25日



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