2014年06月28日

書評『沖縄戦と心の傷』

沖縄戦と心の傷
著者:蟻塚亮二
発行:大月書店
発効日:2014年6月10日

 2010年12月当時、沖縄の病院に勤務する精神科医師である著者は、高齢者の「奇妙な不眠」に立て続けに出会う。中途覚醒を呈しながらうつ病のサインが認められないその「奇妙さ」は、同じ頃読んでいたアウシュビッツからの生還者の精神症状に関する論文に酷似していた。著者は患者たちに問う。「沖縄戦のときにはどこにおられましたか」と。そう、それらの症状は、かつての沖縄戦のトラウマの後遺症であったのだ。

 本書は沖縄戦のトラウマをめぐる考察が精神科医の立場から書かれたものである。その読みどころは、過覚醒型の不眠を呈するもの、近親死や仕事からの引退により誘発・増悪されるなどの診断指標から、晩発性PTSD(青壮年期には何事もなく晩年になって発症する)や命日反応型うつ状態(毎年訪れる記念日などに反応する)、匂いの記憶のフラッシュバックなど精神的被害のサブタイプが導き出される、専門家の開示のスリリングさにあることは論を待たない。

 しかしながら、著者は狭義の専門家を逸脱し「政治化」する。そのことが本書を稀有な書物にしている。沖縄戦から米軍基地に占領された歴史と現在をもたらした加害者としてのヤマトへの激しい批判に紙数が費やされる。それはトラウマ研究の先達ヴァン・デア・コルクを引用しつつ、なぜ日本人はいともやすやすと先の大戦の痛みを忘れてしまったのかという大きな問いにもかかわる。ヴァン・デア・コルクは、同じように第二次大戦の敗戦国となったドイツが近隣国と有効な関係を築いたのと比較して、日本では大戦とその結果についての社会的な議論が一切欠如している点を特異的だとした。過去に自分たちが犯した加害者性に向き合わない国は何度でも同じ過ちを犯すだろうと。

 それは沖縄とヤマトを非対称の関係性にし続ける。だからこそ、著者は本書の冒頭で「ヤマトがおこした沖縄戦をヤマトの医者が語るのは許せん、直ちにやめろ」という、ある講座で怒鳴り込んできた沖縄の男性の声を紹介し、「私が語ることは、とてもおそれ多い」と断ることから始めている。

 たとえそうだとしても、本書は書かれなければならない。それは第一に、沖縄戦のトラウマはなぜこれまで注目されてこなかったかという問いにかかわる。著者によれば、それは沖縄の社会全体がトラウマに傷んできたためだという。沖縄育ちの精神科医でさえ、というよりそうであるがゆえに、沖縄戦を体験した親から話を聞き、あるいは語らぬ(語れない)姿勢からその熾烈さを察知し、それについて触れること自体がタブーだったからだと。沖縄が世代間伝達された「トラウマの島」であると定義できるのは著者であればこそであろう。

 第二に、本書は沖縄とヤマトの関係性から(自己)批判しつつ、そこから〈横へ広げていく〉(『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす』屋嘉比収著)志向性を併せ持っているから。それは本書で最も読み応えのある箇所、すなわち日本社会の集団主義を批判している「2章 トラウマ私論」に読みとることができる。ここでもヴァン・デア・コルクの言葉「日本社会は自己の内的な経験を明確に表現し、それを公的な空間に持ち出すという行為にあまり重きを置いてこなかったようにみえる」がまずは引用される。それを踏まえ、著者は次の6つのレジリアンス(強い身体的・心理的ストレスからの回復力)を提案する。

1.SOSの能力
2.悲しむ能力──泣いてもいいんだ
3.語れる相手の存在
4.しごと、住居、仲間、お金、医療
5.音楽や芸能、地域力
6.「今」を大切に生きる意志

 これは2013年春から福島県相馬市のメンタルクリニックに移った著者が、相馬市の福祉センターで講演したものである。著者は「沖縄戦によるPTSDや、それを取り巻く沖縄社会を念頭に」しつつ、「震災トラウマを乗り越えるために必要だ」との判断から、震災と福島第一原発事故という国策被害から棄民とされたともいえる相馬市の人々に向かって語られた。なぜそうしたかを想像するに、3・11とは「過去に自分たちが犯した加害者性に向き合わない国は何度でも同じ過ちを犯す」ことの現前だからであり、「自己の内的な経験を明確に表現し、それを公的な空間に持ち出すという行為にあまり重きを置いてこなかった」のは、ヤマトのみならず沖縄とて無縁ではないからである。だからこそ、これは極めて実践的なクリティークなのだ。沖縄戦から福島のミライを想像し、できうれば相互治癒するための。そこに「沖縄と福島は同じ根を持つ」などという当たり障りのない構造論が入り込む微温の余地はない。


関連記事:
書評『沖縄戦、米軍占領史を学びなおす』
沖縄戦PTSDそして福島の今


関連動画:
晩発性PTSDが語りかける今 オルタナ・クール第41回
沖縄戦によるストレス症候群の8類型と統合失調症増加の考察
「精神障害と戦争、沖縄」 特別記念講演 岡田靖雄
「戦後67年目にみる沖縄戦体験高齢者の精神保健」 當山富士子
『第2回 沖縄戦のこころの傷を追って』質疑応答




同じカテゴリー(今日は一日本を読んで暮らした)の記事
2019年 本ベスト10
2019年 本ベスト10(2019-12-23 21:08)


 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。