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2019年09月23日

『ヴァイブレータ』赤坂真理

『ヴァイブレータ』赤坂真理

 お気に入りの映画の原作を読んでみたくなった。初赤坂真理。

 主人公の30代のルポライターの女は、内面にたくさんの声が聞こえてきてしまう。それを追い払うように自分も内面でしゃべり続ける。そしてアルコールに依存する。食べたものを吐く。つまりは心の病を抱えている状況。その身も蓋もなさが一人称で放出される。

 女は夜間のコンビニですれ違う長距離トラックドライバーの年下の男を「食べたい」と思う。男から誘われたのか女が誘ったのかどちらともいえるように、トラック輸送の旅に乗り出す。男がしゃべっていると、うるさい声は聞こえない。女は男のやさしさを感じる。大型トラックの車内に包まれることが、男に守られることだというように。

「狂気の女」。一人称の語りで表現される内面のポリフォニー。女から眼差される「やさしい男」。これら紋切り型の設定は、物語を駆動させるトラックの旅の過程で変容される。というより、「どうして狂うのはいつも女なのか?」という問いは、移動することと大型トラックに住むことと最下層で生きることを矛盾なくこなしている男とともにいることで、とりあえず宙づりにされる。「ヴァイブレータ」とは、女と男の棲まうトラック車内の波動のことだろうか?

 『露出せよ、と現代文明は言う 「心の闇」の喪失と精神分析』では、物質的に豊かになった社会の陰で、うつ病やPTSDといった「心の病」が蔓延しているのは、人々が「心」をむき出しにするあまり、これまで個人の「内面」とされてきたものが外部に晒されることで生まれたとし、「心」が外部に露出し、もはや「内面」を構成しなくなった時代について警鐘が鳴らされた。『ヴァイブレータ』の主人公の幻聴が、都市の暗闇を消し去る装置としての夜間のコンビニで生じているのは、だから偶然ではない。女はそこで「心の闇」が露出しそうになるのだが、男との移動によってとりあえずそれを抑圧することに成功し、心の平衡を得るというようにも読める。

『ヴァイブレータ』
著者:赤坂真理
発行:講談社
発行年月:1999年1月25日


2019/09/22
『露出せよ、と現代文明は言う 「心の闇」の喪失と精神分析』立木康介
 物質的に豊かになった社会の陰で、うつ病やPTSDといった「心の病」が蔓延している。私たちは今こそ「心」について、考え、語るべきときだとされる「心の時代」。インターネットでは誰もが「心のようなもの」について語り、「心」を露出する。今日、人々が「心」をむき出しにするあまり、これまで個人の「内面」とさ…

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『掃除婦のための手引書 ルシア・ベルリン作品集』
 注目される「発見」された作家の作品集。その中から「どうにもならない」を例に、初見の雑感。 アルコール依存症の女に深夜、発作が始まる。彼女は部屋中の現金をかき集め、歩くと45分はかかる酒屋へと向かう。失神寸前になりながらもたどり着いた開店前の酒屋の前には黒人の男たちがたむろしている。男たちは…

2019/09/08
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 「中学生の質問箱」シリーズとして平易な会話の文体で著者がこだわったことはなにか。それを書くために、「正常」「異常」「症状」「回復」などの言葉に鉤括弧がつけられる。 第2章では、統合失調症、うつ病、躁うつ病、PTSD、転換性障害、強迫症、摂食障害、社交不安障害、不登校・いじめ、発達障害、認知症…

2019/07/18
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