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2017年01月24日

『アズミ・ハルコは行方不明』山内マリコ

『アズミ・ハルコは行方不明』山内マリコ

 あまりにも刺激的な映画を観て原作も気になる。そういうタイプの映画だった。原作は一部をごっそりとカットしているのを除けば、ほぼ映画通りだ。いや、おかしいぞ、映画はほぼ原作通りだ、が正解。原作で表現しようとしていることを、映画も表現しえているというのは驚きである。筋を忠実に再現しているというような意味ではもちろんない。

 それでは、原作で表現しようとしていることとはなにか。実は、映画でごっそりとカットされた箇所に、それは書かれている。後半の第3部「さびしいと何しでかすかわかんない」の〈1 地方新聞社文化部記者・樫木あずさ〉では、グラフィティアートの実行犯であることが警察にバレたのをきっかけに、学は樫木あずさの取材を受ける。数日後、新聞の文化面に掲載された記事が、小説では全文が太字で表現される。5W1Hの本文に付された結語はこうだ。

 経済的に疲弊し、閉塞感から抜け出せない地方都市。工場閉鎖などから求人も減り、若い人がエネルギーを持て余す状況がつづいている。街には遊び場が減り、一日スマートフォンにかじりつく若者も多い。そのせいか、スマホを使った若者による犯罪は増加傾向にある。ベルトコンベアー式に就職、結婚と人生のステップを踏めた時代と違って、現代は生きていく道を手探りで模索しなければいけない。このグラフィティにはそんな、不況の中でもがく若者たちの姿が浮き彫りになっているようだ。
(211ページ)

 ここには原作で表現しようとしていることが簡潔に書かれている、としかいいようがない。グローバリズムに影響を受ける地方都市。若者の閉塞感。若者=スマホ=犯罪とする単純な図式。誰もがどこかの新聞で読んだ覚えがあるベタな記事として。それが「地元に居場所ないタイプだったから、めちゃくちゃ勉強して東京の大学行ったんだけど、就職なくてこっち戻ってきた」樫木あずさのような、いかにも地方新聞社にいそうな女性記者によって書かれることで、その紋切り型はいっそうイタい。この紋切り型への批評が、原作を小説として成立させている。しかし、その「説明」が映画でも必要だったということではない。

 「閉塞感から抜け出す」ことを、ユキオから裏切られた腹いせに自殺を図ろうとする愛菜の内面として、「ムカつく現実から逃げる」と作家は表現する。このたんなる現実逃避が、すでに逃げていた安曇春子が再び姿を現わし、愛菜に逃げればと誘うことで、映画では不思議なカタルシスを観る者に与えていた。原作は、映画同様、安曇春子、愛菜、愛菜にとってはキャバクラの先輩であり、安曇春子にとっては同級生の今井さん、それに今井さんの幼い息子の4人による、新たな共同生活の始まりが一縷の希望を仄めかしつつ終える。だがその場所は、依然として「地方都市」のどこかであるかもしれない。それは大した問題ではないかもしれない。逃げるのは、裏切った男への腹いせで自殺するという紋切り型ではなく、幸せになって復讐するという〈革命〉こそが必要なのだとしたら。

『アズミ・ハルコは行方不明』
著者:山内マリコ
発行所:幻冬舎
発行年月:2013年12月20日


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『アズミ・ハルコは行方不明』
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