2009年07月01日
沖縄アソシエーショニズムへ 24
愛国心と人種主義
ナショナリズムと人種主義は同系であると、我々は漠然とみなしている。アンダーソンはそれを疑う。人種主義が他者への恐怖と憎悪に根ざしているのに対し、ナショナリズムはしばしば自己犠牲的な愛を呼び起こす。それはナショナリズムの文化的産物、詩、小説、音楽、造形美術などにこれまで表現されてきた。
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ナショナリズムと人種主義は同系であると、我々は漠然とみなしている。アンダーソンはそれを疑う。人種主義が他者への恐怖と憎悪に根ざしているのに対し、ナショナリズムはしばしば自己犠牲的な愛を呼び起こす。それはナショナリズムの文化的産物、詩、小説、音楽、造形美術などにこれまで表現されてきた。
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2009年06月30日
沖縄アソシエーショニズムへ 23
公定ナショナリズム
19世紀に入るとヨーロッパを浸透したナショナリズムに対して、多くの君主たちは政治的・文化的に当惑した。かれら王朝の正当性のよって立つ基盤が、国民的なること(ナショナルネス)とは無縁この上なかったから。例えばロマノフ王朝はタタール人とラトヴィア人、ドイツ人とアルメニア人、ロシア人とフィン人を支配したというように。しかしながら、出版俗語の進出はもはや無視できない影響力をヨーロッパにもたらしていた。19世紀半ばになると、すべての君主が国家語としてどこかの俗語を採用し、国民的帰属ににじり寄った。その時ロマノフ家は自分たちが大ロシア人であることを発見した。時代は既に近代、つまり資本主義、懐疑主義、科学が猛威を振るっていた。もはやそれまでの神聖さや古さだけに依拠することがままならなくなっていた君主たちにとって、この新しい国民的帰属は、王権の正当性を補修する接木となった。
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19世紀に入るとヨーロッパを浸透したナショナリズムに対して、多くの君主たちは政治的・文化的に当惑した。かれら王朝の正当性のよって立つ基盤が、国民的なること(ナショナルネス)とは無縁この上なかったから。例えばロマノフ王朝はタタール人とラトヴィア人、ドイツ人とアルメニア人、ロシア人とフィン人を支配したというように。しかしながら、出版俗語の進出はもはや無視できない影響力をヨーロッパにもたらしていた。19世紀半ばになると、すべての君主が国家語としてどこかの俗語を採用し、国民的帰属ににじり寄った。その時ロマノフ家は自分たちが大ロシア人であることを発見した。時代は既に近代、つまり資本主義、懐疑主義、科学が猛威を振るっていた。もはやそれまでの神聖さや古さだけに依拠することがままならなくなっていた君主たちにとって、この新しい国民的帰属は、王権の正当性を補修する接木となった。
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2009年06月29日
沖縄アソシエーショニズムへ 22
ヨーロッパのナショナリズムには南北アメリカのナショナリズムと比べ、次の2点においてはっきりとした違いがある。一つは言語、つまり「国民的出版語(ナショナル・プリント・ラングウイッチ)」がイデオロギー的に重要性を持っていたこと。「あらゆる民(フォルク)は国民(フォルク)であり、それ自身の国民的性格とそれ自身の言語を持つ。」という、ヘルダーが18世紀末に残した有名な言葉は、後年のヨーロッパに広範な影響を与えた。二つ目はこの新しいナショナリズムが、はじめから意識的に達成すべきモデルとして対象化され、多様な人々によって「海賊版」が製作されたこと。
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2009年06月28日
沖縄アソシエーショニズムへ 21
18世紀後半、19世紀初頭の新興南北アメリカ諸国家におけるナショナリズムの勃興は興味深い。どのように興味深いかというと、ナショナリズムについてのヨーロッパ的常識がおよそ通用しないという点で興味深い。つまりはその原動力が言語の問題でもなければ、下層階級を政治的に導入する下からの運動でもないということ。アメリカ諸国家が本国から分化したのは言語の問題だろうか?もともとクレオール国家であり、本国と言語も出自も共通するというのに。独立戦争をリードしたのは、大地主、商人、専門的職業者(法律家、軍人、地方・州の役人)などであり、彼らはインディオ、あるいは黒人奴隷の叛乱を恐れていた。また当時のアメリカ諸国家に「中産階級」など微々たる存在だった。
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2009年06月27日
沖縄アソシエーショニズムへ 20
相互了解の不可能性
いよいよ想像の国民共同体誕生の地点に立ったわれわれに、それを可能にした最大の要因が告げられる。それは、資本主義、コミュニケーション技術、《そして人間の言語的多様性という宿命性のあいだの、なかば偶然の、しかし、爆発的な相互作用》の3つである。3つ目については注釈が必要であろう。
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いよいよ想像の国民共同体誕生の地点に立ったわれわれに、それを可能にした最大の要因が告げられる。それは、資本主義、コミュニケーション技術、《そして人間の言語的多様性という宿命性のあいだの、なかば偶然の、しかし、爆発的な相互作用》の3つである。3つ目については注釈が必要であろう。
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2009年06月26日
沖縄アソシエーショニズムへ 19
聖なる共同体、王国、そして血統はいずれ衰退する。その衰退の途上で世界理解の様式に根本的変化が起こる。その変化によって国民(ネーション)というアイデアが初めて可能となる。ではその変化とは何か。それは時間についての概念である。時間という概念についての理解がそれぞれ違うという。
聖なる共同体ではどうだったか。それを理解するためには中世教会のレリーフ、ステンドグラス、あるいは初期イタリアやフランダースの巨匠による絵画を見ればよい。そこでの視覚的表現のされかたを。そこで特徴的なのは《「現代的衣装」とのまぎわらしいほどの類似性》である。中世絵画では聖書の中のドラマが描かれるが、そこでの民衆の衣装はその時代のままである!現在のわれわれの眼からは異様なこの光景も、中世の礼拝者の眼には、まったく自然なものであった。


レンブラント『キリスト昇架』 ティントテット『羊飼いの礼拝』
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聖なる共同体ではどうだったか。それを理解するためには中世教会のレリーフ、ステンドグラス、あるいは初期イタリアやフランダースの巨匠による絵画を見ればよい。そこでの視覚的表現のされかたを。そこで特徴的なのは《「現代的衣装」とのまぎわらしいほどの類似性》である。中世絵画では聖書の中のドラマが描かれるが、そこでの民衆の衣装はその時代のままである!現在のわれわれの眼からは異様なこの光景も、中世の礼拝者の眼には、まったく自然なものであった。


レンブラント『キリスト昇架』 ティントテット『羊飼いの礼拝』
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2009年06月26日
しまくとぅばぬ未来シンポジウム
報告トリを務めるshinakosanに期待しよう!(と軽くプレッシャーをかけておく)
しまくとぅばぬ未来シンポジウム
日 時/平成21年6月28日(日) 午後2時
場 所/沖縄市老人福祉センター かりゆし園
資料代500円
第1部 シンポジウム
コーディネーター / 屋比久 浩(琉球大学名誉教授)
基調講演 / 狩俣 繁久(琉球大学法文学部教授):20分
「百年先を見据えて、いま何をなすべきか-多様性の維持と継承-」
パネリスト
石原 昌英(琉球大学法文学部教授):20分
「うちなーぐちが消滅すると何が変わるか-芸能・文化・祭事などへの影響-」
西岡 敏(沖縄国際大学准教授):20分
「語学としての琉球語学は可能か」
親川 志奈子(琉球大学法文学部・博士課程):20分
「うちなーぐちが話せないうちなーんちゅ」
3.パネリストによるクロス討論:30分
第2部 参加者とパネリストによる討論会:60分
(質疑応答)
タグ :しまくとぅば
2009年06月25日
沖縄アソシエーショニズムへ 18
理性はなぜ敗北するのか?これに対する解を、社会構成体には異なる原理があり、それを交換と名指した柄谷行人の理論にヒントを求めたい。理性の世界にはそれに対応する交換原理があり、「理性ではない世界」にも異なる交換原理がある。であるならば理性でない世界の交換原理を理解せずに、理性の世界の原理を押しつけるだけでは問題は解消しないのではいか。およそこのような直感的推論を提示し、以下論を進めたい。
理性でない世界を交換様式A互酬(贈与と返礼)に結びつけて考えてみる。互酬的な関係をベースにした社会構成体がネーションである。『トランスクリティーク』以降の柄谷は、ネーションについての理論展開が発展していて興味深く、また私の理解を容易くさせない。理解を少しでも円滑にするために、ネーションについて書かれた「古典」を読み直すという迂回から始めたい。
ベネディクト・アンダーソン著『定本 想像の共同体 ナショナリズムの起源と遡行』扉にはこう書かれている。
国民(ネーション)は想像されたものである。アンダーソンはこの定義によって、そこにナショナリズムの起源を探る。つまり、なぜ人はみずからすすんで死んでいくのかという問いへの解があるのだと。むろんこの国民(ネーション)は近代の産物であり、人がみずからすすんで死んでいくようになったのは、それ以降のことである。
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理性でない世界を交換様式A互酬(贈与と返礼)に結びつけて考えてみる。互酬的な関係をベースにした社会構成体がネーションである。『トランスクリティーク』以降の柄谷は、ネーションについての理論展開が発展していて興味深く、また私の理解を容易くさせない。理解を少しでも円滑にするために、ネーションについて書かれた「古典」を読み直すという迂回から始めたい。
ベネディクト・アンダーソン著『定本 想像の共同体 ナショナリズムの起源と遡行』扉にはこう書かれている。
国民はイメージとして心の中に想像されたものである。 / 国民は限られたものとして、また主権的なものとして想像される。 / そして、たとえ現実には不平等と搾取があるにせよ、国民は常に水平的な深い同士愛として心に思い描かれる。そして、この限られた想像力の産物のために、過去二世紀にわたり数千、数百万の人々が、殺し合い、あるいはみずからすすんで死んでいったのである。
国民(ネーション)は想像されたものである。アンダーソンはこの定義によって、そこにナショナリズムの起源を探る。つまり、なぜ人はみずからすすんで死んでいくのかという問いへの解があるのだと。むろんこの国民(ネーション)は近代の産物であり、人がみずからすすんで死んでいくようになったのは、それ以降のことである。
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2009年06月24日
沖縄ロケーション・ハンティング あとがきめいて
連作短編といってすぐ思い浮かぶのが大江健三郎の『新しい人よ眼覚めよ』。大学時代いっしょに8ミリ映画を撮っていた相棒の影響で、大江の作品をリアルタイムで初めて読んだ作品でもある。『新しい人よ~』の前後の数作品で、大江はウイリアム・ブレイクの読書経験を中心に据えて書いている。私もその勢いから3年次ゼミでブレイクを選んでしまった。
連作短編というのは特殊な形式ではないだろうか。長編でもなく、単なる短編でもない。そもそも日本語で長編小説・短編小説という区分けをするが、これだとたんに長さの違いしかないという話になってしまう。英語だとnobelとshort storyとなり、基本的に違うものというニュアンスがある(当ってるかな?)。
short storyはひとつの伝えたいことをひとつの構成でガッチリとキメる。nobelというのはだらだらと、そして隙間がある。読む=書くという行為で何度も立ち止まる。それでいながら、というかそうであるがゆえに、全体の総量が人の生に似てくる。
連作短編というのはそのどちらでもない。それぞれの短編を読む行為の途上で、更新されるのりしろ部分があるというか。そこが読む快楽であるという気がする。そんなふうに書けたらよいのに・・・
連作短編というのは特殊な形式ではないだろうか。長編でもなく、単なる短編でもない。そもそも日本語で長編小説・短編小説という区分けをするが、これだとたんに長さの違いしかないという話になってしまう。英語だとnobelとshort storyとなり、基本的に違うものというニュアンスがある(当ってるかな?)。
short storyはひとつの伝えたいことをひとつの構成でガッチリとキメる。nobelというのはだらだらと、そして隙間がある。読む=書くという行為で何度も立ち止まる。それでいながら、というかそうであるがゆえに、全体の総量が人の生に似てくる。
連作短編というのはそのどちらでもない。それぞれの短編を読む行為の途上で、更新されるのりしろ部分があるというか。そこが読む快楽であるという気がする。そんなふうに書けたらよいのに・・・
タグ :沖縄ロケーション・ハンティング
2009年06月23日
沖縄ロケーション・ハンティング 21
沖縄ロケーション・ハンティング 21
アップしました。短編「沖縄ロケーション・ハンティング」はこれで終了です。最後まで読んでいただいた方に感謝します。こんな奴につきあってくれてどうもありがとう。
『沖縄ロケーション・ハンティング』は連作短編小説という体裁をとります。連作短編というのは短編それぞれが別個にあるのではなく、内容において関連しているものをいいます。
次作はまだ書き始めることができていません。「はじめに」で書かれた目次の内容を以降予定していましたが、これも変更されるかもしれません。しかし必ず書きます。
アップしました。短編「沖縄ロケーション・ハンティング」はこれで終了です。最後まで読んでいただいた方に感謝します。こんな奴につきあってくれてどうもありがとう。
『沖縄ロケーション・ハンティング』は連作短編小説という体裁をとります。連作短編というのは短編それぞれが別個にあるのではなく、内容において関連しているものをいいます。
次作はまだ書き始めることができていません。「はじめに」で書かれた目次の内容を以降予定していましたが、これも変更されるかもしれません。しかし必ず書きます。
タグ :沖縄ロケーション・ハンティング
2009年06月22日
2009年06月21日
2009年06月20日
2009年06月19日
2009年06月18日
2009年06月18日
2009年06月17日
2009年06月17日
母と平和と
キヨシローには育ての母と亡くなった実の母がいるという伝記的事実は知っていたが、その実の母は再婚によってキヨシローを産んだこと、実の母の最初の夫は戦死したこと、その戦場からの手紙に対する母の思いを読み、「反戦反核」「愛と平和」に繋がるというような展開があったとは。
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タグ :忌野清志郎
2009年06月17日
冗談とロックンロールと
「酷いよこの冗談は…」。会場前に流れる甲本ヒロトの弔辞に耳を傾けるファンたち。音声と風景がひたすら美しい。YouTubeというメディアによって、ニュースが伝えなかった「本当のこと」を受け留めることができた。
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